示談書の刑事的効果

示談における効果は、普通いうまでもなく、示談の内容にしたがって法律関係が定まり、原則として、加害者側はその契約を履行することによって将来損害賠償等の責任追及から免れ、被害者側は、その確定した法律関係にもとづいて加害者側にその給付を要求することができるという民事上の効果です。
しかし、示談のもつ意義としては実質的に二つの付随的効果をもっています。その一は保険金請求手続上における効果であり、他の一は刑事手続上における効果です。
示談における刑事上の効果として、従来、消極・積極の二つの意見が対立していました。消極説は、いわゆる民刑分離または民事不介入の考え方で、示談は刑事には無縁のものとする見解です。積極説は、被害者救済をも考えて、これを情状証拠として重視し、量刑を定める一つの資料とする見解です。最近は、示談の有無を全く無視する考え方は皆無に近いでしょう。むしろ、示談の有無、内容を重視して、これを活用しようとする傾向が強いようです。その理由としては、近時における自動車による交通事故事件を迅速かつ円滑に処理しようとする実務上の要請により、好むと好まざるとを問わず、これを刑事処分および量刑決定の一つに加えざるを得ないからです。そして、その考え方の背後には、事故事件は、本来的にはむしろ民事的な解決によることが本筋であるとする考え方がひそんでいるように思われます。現に、アメリカあたりでは交通事故については、故意犯的な事例を除き、普通の場合には民事的な処理をすることをもって終了するのが一般です。日本では、その点、刑事処分を厳格に行なうことのみに力点がおかれ、被害者救済がはなはだしくなおざりにされてきた感があります。このことは、まことに遺憾といわなければなりません。その意味で、せめて示談の有無、内容を重視することにより、被害者救済の実をあげようとするねらいが自然に出てきたように思われます。

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しかし、現行法上、業務上過失致死傷罪は、親告罪ではありませんし、示談に対する考え方も個々の裁判官や検察官により種々異なりますから、実務上における示談の取り扱い方も必ずしも明確に定まっているとはいえない状況です。
通常の場合に、示談の有無および内容が重視されるのは、検察庁の刑事処分の最終決定の際、いずれの処分に決定すべきかという、二つの処分の境界線にある場合でしょう。たとえば、起訴か不起訴か、罰金刑とするか懲役刑とするかなど、事故の事実関係だけではいずれとも決定し難いような場合には、示談の有無・内容がそのいずれかを選ばせる決定的な要素の一つとなるからです。また、罰金刑の金額、禁固刑の刑期を定める場合でも、求刑基準のうちいずれを選ぶべきか迷うときには、その選択を決定する大きな要素となることでしょう。しかし、このような処分の境界線にない場合には、示談の有無・内容が無視されるようなこともあります。したがって、現在のところ、示談書や被害者側の嘆願書が非常に有利になる場合もあり、反対に特に有利になる役割を果たさない場合もあります。
また、裁判の際、その事件が実刑か執行猶予か迷うようなときに、示談の有無・内容がほとんど決定的要素となりうることは、検察官が事件処理を行なう場合と同様に考えられます。一般には量刑上の有利な情状資料となることは間違いないでしょう。
なお、加害者が誠意を尽くして話合いをしようとしても、被害者が不当な要求などをして示談がまとまらないような場合には、彼我双方の示談額やその経緯を詳細に省いて、これを上申書として捜査当局または裁判所に提出することです。

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