運転者に重過失のある場合の車両保険金の支払
約款の該当条項約款をみますと、車両条項2条1項1号「保険契約者・被保険者・保険金を受取るべき者もしくはこれらの者の法定代理人(上記の者が法人であるときは、その理事・取締役または法人の業務を執行する他の機関をいう)または保険の目的を使用もしくは管理する使用人」「所有権留保条項付売買契約もしくは貸借契約に基づく保険の目的の買主もしくは借主」の故意または重大な過失によって生じた損害について免責とされています。しかし「保険の目的を運転中の者(運転補助者を含む)の重大な過失」については、同条の但書によって除外され免責とはされません。
では、一般的に故意・重過失による事故がなぜ免責とされるのか、また運転中の重過失はなぜ免責から除外されるのかを考える前提として、まず「故意」「重大な過失」とは、どのような場合を指すのか簡略に説明しましょう。
「故意」とは、一般に結果(事故)発生に対する認識を要件とし、損害発生についての認識は必要としないと解されています。
たとえば、自動車に破損は生じないものと信じても、あえて溝に落輪させた結果、損害を生じたとすれば「故意」となります。
また、結果発生を確定的なものとして認識する必要はなく「単にその可能性を予見し、これを発生してもよいと認容する場合」には「未必の故意」として「故意」が成立します。しかし、結果発生を予見しつつ漫然と現実には生じないと信じて適切な防止措置を講じなかったとすれば、これは「認識ある過失」であって故意とはなりません。
「過失」とは「事故発生を予見しえたにもかかわらず不注意にも予見せず、または予見はしたが適切な防止手段を講じなかったなど注意の爾怠」をその内容とするもので、結果発生を認容はしていない点で故意とは異なります。
「重過失」と「軽過失」とは、程度の差であって、その境界はそのときの社会通念、環境、状況に従い決定する他はありません。一般的には、通常人がわずかの注意を払いさえすれば、事故の発生を容易に予見して事故を未然に避けることができたのに、怠慢によってこれを予見できないで事故を発生させたときは、「重過失」と認められます。要するに著しい注意義務の違反のある場合です。
保険契約者・被保険者・保険金を受け取るべき者もしくはこれらの者の法定代理人(上記の者が法人であるときは、その理事・取締役または法人の業務を執行する他の機関)の故意・重過失は、これらの者が保険目的の運行・管理につき重要な位置を占める者であって、保険契約の根幹である「善意性」からして、これらの者の責に帰すべき事故招致の責任を免責としたものです。
所有権留保条項付売買契約にもとづく保険の目的の買主、もしくは貸借契約に基づく保険の目的の借主といった立場の者も、保険契約の当事者ではありませんが、被保険者・契約者の合意と信任のもとに保険の目的を運行・管理するものであって、上記と同趣旨から、免責とされています。
なお、ここにいう貸借関係とは、被保険者または契約者と保険の目的の借受人との間の貸借契約のみを指し、被保険者の合意をえないで転貸された無断転借入の故意・重過失については本項の適用外となるものと考えられます。
保険の目的である車両を使用し、もしくは管理している使用人の故意・重過失については、これらの者は保険契約者・被保険者または保険の目的を使用・管理する正当な権限のある者の信託・信任関係にもとづいて保険目的を管理・使用している者であり、かつ、保険の目的の管理・使用はこれらの者に委ねられるていといった観点からこれらの者の故意・重過失は免責とされているわけです。
この点につき詳述しますと、2条1項1号(イ)の「保険の目的を使用もしくは管理する使用人」とは、前述の無断転借入を除くあらゆる場合の使用人を指すものか、それとも同条項前段の「保険契約者・被保険者 ・保険金を受け取るべき者」という文言を受け、ここに列挙された使用人のみに限られると解するかについては、疑問のあるところです。もし、使用人を制限的に解するときには、(ロ)の買主ならびに借主が法人の場合、買主・借主は法人の取締役・理事等代表権を有する者のみを指すと解しうるところから、買主・借主が法人である場合、それらの使用人の故意・重過失は免責とされないということになり約款を総合的かつ体系的に考えたとき、不公平な結果が生ずることになり相当でないというわけです。
確かに、「使用人」を「保険契約者・被保険者・保険金を受け取るべき者」の使用人と限定する限り、所有権留保条項付売買契約の売主が保険契約者となり、買主は保険契約上では保険契約者・被保険者とならない場合、それらの使用人の故意・重過失が免責から除外され、自動車を現金払いで購入し、購入した法人自らが保険契約者・被保険者となる場合のそれらの使用人の故意・重過失が免責とされるのでは保険契約の方法によって免責となったり有責となるという不合理を生じるうえ、事故招致の責任を免責とする本条項の趣旨をそこなうことになるでしょう。したがって、保険の目的を使用しもしくは管理している使用人の故意・重過失はすべて免責となるわけです。
なお、2条2号でその故意を免責とされる立場にある者に「被保険者と同居の親族」が規定されています。しかし、重過失は有責とされ、また故意であっても被保険者に保険金を取得させる目的でなかった場合は免責とはされません。
前述のように、一般的に故意・重過失による事故は免責とされていますが、保険の目的を運転中の者の重大な過失は免責条項から除外されています。
その理由は、自動車事故というものは、その大多数が運転中に発生するものであり、しかも、それらの事故の原因は運転者の重過失による場合も少なくなく、運転者の重過失・法令違反による事故を免責とすることは、保険のもつ社会的・経済的効用が失われ、保険契約者・被保険者の要請にこたえられないものになってしまうからです。
したがって、たとえ信号の見落しといった重大な過失による事故であって、それが法令に違反していても、酒酔い運転・無免許運転を除き、保険金支払いの対象となります。しかし、法治国民として法令遵守・法令違反行為の防止は当然であり、無暴な運転を保険が保護しているということではありません。
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