どんな事故まで自賠責保険の対象となるか
自賠法3条には「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ず
る」と規定され、「運行によって」生じた人身事故を対象として、運行供用者に賠償責任を負担させています。運行によって生じたという要件は、運行中に生じたものよりも広い概念といえます。
運行については広狭の考え方がありますが、法律上「運行とは、人又は物を運送するとしないとにかかわらず、自動車を当該装置の用い方に従い用いることをいう」と定義されています。ここにいう当該装置とは、ハンドル、ブレーキなど操向、制御装置、エンジン、ドア、ボディー、トラックの煽り板(側板・鏡板)、クレーンカーのクレーン、ダンプカーのダンプ装置など当該自動車固有の装置を指すものとされ、広くこれらの装置の全部または一部をその目的に従って操作し作動することをいいます。
自賠法の制定当初は、駐車や停車の状態は運行ではないと解されていました。なお、エンジンによる移動とか、発進から停車までと狭く解釈する考え方もありました。しかし、種々の事例が発生する過程のなかで、しだいに拡大解釈されてきて、駐・停車中の場合にも、そこに違法性が認められれば、運行と解するような考え方になってきました。
したがって、現在実務上も、物理的に車輪が回転し、エンジンにより車両が移動するいわゆる走行中ないし運転中のみを指すわけではなく、もっと広く解釈され、移動と移動の中間や時間的に密接した駐・停車中を含めて、車庫を出てから車庫に帰るまでが運行と考えられています。
最近の判例でも「自動車の運行とは,輸送・交通機関としての自動車が点の存在でなく物体であることからして、位置の移動である走行そのものに限らず、走行の前提となる道路上の空間の一部の占有ならびにその占有に伴う扉の開閉等の附随的な装置の使用を含むのは当然」とし、多くの学説も、被害者保護の見地から「運行」をエンジンによる移動の場合に限らず、惰力走行中とか、運行中の一態様とみられる駐・停車中、積付不良の積荷の落下の場合等にも拡張解釈しています。
すなわち、実際に自動車がそれに固定された装置を含んだ自動車として操向操作され、活動している状態を「運行」として捉えてよいと考えられます。
もっとも、駐・停車中の自動車や積荷に関連して生じた事故でも、自動車に特有な危険ではないとか、運転者の支配できない状態のものには、自賠法のいう運行とは考えられない場合もあり、民法709条や715条の不法行為責任によって論ずべきものもあります。
「運行によって」という法文から、前述した運行の概念の範囲の問題とは別に、「によって」の解釈にかかる因果関係が問題になります。
通説は自動車の運行と事故発生との問に相当因果関係があれば責任を認めています。判例も「自動車がたまたま停車している場合の事故であっても、その事故発生と自動車の運行との間に相当因果関係がある場合には損害賠償責任が発生するものと解する」としていますが、考え方としては因果関係説の中でも、ドイツ自動車交通法7条にいう「運行に際して」と同様に極めて広く解する説、運行と密接な関係がある事故に限定する説、運行との間に普通の因果関係があれば足るとする説などがあります。いずれにしても自動車の保有者責任の観点から考えることが必要です。
前記のように「運行」と「によって」とを理論的に区別することは有益ですが、実際には総合して考え、保有者責任の解釈とともに被害者救済の立法趣旨も活かして解釈、運営されています。自動車本来の用法に従い、運転者が乗って走行しているときの衝突・接触・墜落・転覆・急停車・火災の場合や、タイヤが外れて飛んだり、石を跳ねたり、積荷が落下したりした場合のほか、具体的にはつぎのような事例が運行によるものと考えられます。
一般に走行中と認められる場合
自動車を停止して、運転者が降りようとドアを開けたとき、他車が接触したため負傷した場合(格納中の車のドアの開閉や停事後相当時間を経過してドアを開けたときには運行とは解されないとの説があります)。バスやタクシーの乗客がドアに手をはさまれて負傷した場合。急停車した際に、後続車が追突し、追突車の乗員が負傷した場合(自車の無過失の場合です)。バスの乗客が、乗降車の際にステップから足を踏み外して負傷した場合。踏切通過中、エンジン・ストップのために踏切内で停止していたとき、電車と衝突し、その乗客が死傷した場合。道端に駐車して、運転手がタバコを買ったり、小用を足していたとき、他車が接触してその乗員が受傷した場合(自車の無過失の場合です)。曲り角など駐車禁止場所に駐車していたとか、夜間点灯せずに路上駐車をしていたとき、他事が衝突して駐車の乗員が受傷した場合。サイドブレーキの引き方が不十分であったり、車の歯止めをしなかったりしたため、坂道に駐・停車中の車が、自然にあるいは他車の接触により動き出し、無人のまま暴走して他人に傷害を与えた場合。坂道で車を押していたとき、車が暴走して他人を負傷させた場合。悪路でバウンドして荷崩れを生じ、積荷が落下して通行人に傷害を与えた場合、また、通行人が転り落ちてきた積荷を避け損じて商店の陳列台を破損し自らも受傷した場合。積荷の積卸しをするために、ダンプ装置やクレーン装置を操縦したとき、またはトラックの側板を開いたとき、他人に接触したり積荷が落下したりして傷害を与えた場合。走行中、積荷の縄にモーターバイクがひっかかって転倒負傷した場合。故障のためロープで曳行されているときに、ハンドル操作を誤って他人を死傷させた場合、または牽引車が急に発車したため、ゆるんでいたロープをまたごうとしていた人が、ロープに引っかかって転倒し轢かれた場合(この場合は、エンジンが故障
していても、前車の牽引力を利用して独自の運行をしていると考えられます。前または後車輪を吊り上げて牽引されている場合には、車の積戴物とみなされ、貨車一体で一台と考えられます)。積荷の油やエンジンオイルがこぼれ、後続のモーターバイクがスリップして転倒受傷した場合。これらの事例でも、細かくはいろいろの場合で問題がありますが、反対に、一般に運行中とは認められない事例を挙げてみましょう。
一般に走行中とは認められない場合
修理工場構内で修理作業中の場合(試運転の場合を除きます)。搭乗者が窓から物を投げたり、タバコの火を投げた場合。消防車の注水による場合。自動車付属のジャッキやツール(工具)による場合。駐車中、地震など自然力のため暴走した場合や、走行中、不可抗力によるガケ崩れによる場合。駐車中の車に、他人が無断で乗り込んでクラッチペダルに触れたため暴走して海中に転落して死亡した場合。
いわゆるボーダーライン・ケースとして、駐・停車中や積荷による事故の場合には、かなり多くの問題があります。
駐・停車中の積荷の積卸しによる死傷は、必ずしもすべてが運行によって生じたものと認められるわけではありません。
自動車が走行中に、積荷が他物と接触したり震動や操作未熟により荷崩れしたりして落下した場合や、運転台でダンプやクレーンを操作したり、トラックの煽り板を開閉したりする場合、さらには、走行の途中荷崩れを直すために縄を掛けなおしている場合には、運行によって生じたものと考えられます。
しかし、自動車およびその装置を操作中のものといえない場合、すなわち、運転手はすでに運転台を降り、全く自動車の運転やその装置の操作と関係のない人夫が、荷役作業中に他人を死傷させた場合や、完全に自動車を離脱してしまった積荷を運搬中や路上に落して放置してあった積荷に他車が衝突して死傷した場合には、その自動車の運行によって生じた傷害とは認められません。
駐車禁止の場所に駐車していたとか、夜間無標識(無灯火)で駐車していたとか、制動不完全のまま駐・停車していたなど、駐車の仕方が悪かった場合には、一般に運行と因果関係ありとして自賠責保険で支払うこととしています。しかし、ぶつけた方も悪いのであって、路上の他物と衝突したのと同様に考えられる例もあります。駐車の仕方が悪かったことと事故との間に特別に因果関係が認められる場合に責任が肯定されるもので、自動車にぶつかって死傷したら、いつでも必ず自賠責保険で支払ってくれると考えるのは正しくありません.自賠法3条にいう無過失の要件の立証はなかなか困難であるとはいえ、駐・停車中の自動車側でこれらを立証することは必ずしも不可能ではないこともあるからです。そして、責任を負うとしても過失相殺が適用されることも多いと思われます。
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