自賠責保険の対象となる治療の範囲

民法416条は、債務不履行につき「損害賠償の請求は債務の不履行に因りて通常生ずべき損害の賠償を為さしむるを以て其目的とす。特別の事情に因りて生じたる損害 と雖も当事者が其事情を予見し又は予見することを得べかりしときは債権者は其賠償を請求することを得」と規定しており、不法行為についても、この規定が適用されるものと一般に解釈されています。
 したがって、自動車事故の場合、加害者側は原則としては「通常生ずべき損害」のみを賠償すれば足り、その他の特別な損害については、それが予見できるような性質のものに限って賠償の責任を負うことになります。
 たしかに、理論的にはそのとおりですが、実際問題として具体的にその範囲とか限界とかを決めることは非常に難しいことです。
 自賠責保険は、多数の被害者を公平に救済するのがその目的であり、また非常にたくさんの請求事業を迅速に処理するため、一件ごとに個々の特殊な事情を詳しく調査している余裕もないという事務上の条件もあって、一般的平均的な基準で損害額を算出することになっています。

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入院料、看護料については、自賠責保険査定要綱ではつぎのように定めています。「入院費は実費を認める。ただし、入院費が通常の額を著しく超過する場合は、治療のための必要、かつ、妥当な費用を限度とする」とし、この場合、通常の額とは、その地域における普通病室程度の料金をいうものと解釈されております。
 したがって救急車で被害者が運び込まれたとき、普通病床が満床で特別病室しか空いていなかったので、2日間だけ特別室に入りその後普通病床に移ったとか、または、被害者が非常に重態で治療上普通病室では具合が悪いとか、やむをえない事情があったことを医師が証明すれば、そのままの入院料を認められますが、原則としては、普通病室程度の料金、もっと具体的にいうと2人収容の病室の料金までを一応標準としています。
そこで、被害者が会社の社長とか、社会的に知名度の高い人の場合には、実状に応じ多少考慮はされますが、それはあくまで斟酌するという程度であって、知名人なら特別室の全額を常に認容するというわけではありません。
 看護料については、査定要綱では「原則として医師がその療養上必要と認めた場合に限る」ものとし、例外として、幼児が入院し母親が付添ったときだけは、医師の証明がなくてもその付添料を認めることになってております。
 したがって、自賠責保険で付添料を認めるのは,傷害の程度が看護を必要とするほど重かったことが絶対要件で、特に重態で24時間付添を要するような場合には、2人または3人の付添人料金をも認めることがあります。しかし「身のまわりの世話のため」というのは具体的にどの程度の症状であったか、明らかでありませんが、医師が療養上その必要を認めたのでなければ,保険では支払いの対象にならないでしょう。また、加害者としての立場からも、事故により生じた損害(相当因果関係)ではないとして、被害者の要求を拒否できると思います。
 自賠責保険で,入院中の諸雑費として認めるのは、療養に直接必要のある諸経費、たとえば、氷・薪炭・便器・吸呑等の購入代金、ふとん・か や等の借入代金(その運搬費も含みます)と、その外にはラジオ、テレビを賃借使用したときは、どちらかその一方の料金だけ、また、新聞購読料は一種類だけの料金が承認されます。寝具・炊事道具・洗面用具等の新品購入代金は、退院後にも使用価値のあるものですから損害としては認められません。
 見舞客に対する接待費については、過去の判例でも、これを認めたもの認めなかったものと区々ですが、認められるとしても、茶菓子程度の少額部分に過ぎないようです。保険としては、接待費は見舞客に対する感謝の表現であって、必然的に生じた損害といえないので認められていないようです。
 快気祝の費用も同様の性質のものですから、保険ではすべて認められません。
 また、病院の医師・看護婦に対する謝礼は損害に入るかどうか、これについても判例は一定していません。ただ、保険としては、どんな種類の支出であっても、原則として領収書その他の立証書類が必要ですから、現金での謝礼等は証明できない点で結局認められないことになると思います。百貨店等から品物を贈り、宛先も証明できるような場合にかぎり、妥当な金額の範囲内で認めることとなります。
 最後に結論として、自賠法は、事故を起こした保有者に重い責任を負わせていますが、しかし、被害者が事故に結びつけて、勝手にぜいたくな費用をつかっても、常にその金額を賠償させるという趣旨のものではありません。けれどもまた一方、保有者側として、保険による一般的基準の支払額だけで、一切を片付けようとするのも、現実問題としては無理な場合があり、若干の自己負担分は覚悟して極力誠意をもって話し合うのが最も妥当な解決方法ではないかと思います。

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