同乗者に対する責任は自賠責保険の対象となるか

自賠法3条は「その運行によって他人の生命又は身体を害したときと」規定していますが、原則として「他人」とは運行供用者および運転者以外の搭乗者や車外の人をいうとされています。
 一般に自動車の運行による被害者を類別すると
 (1)自己のために加害自動車を運行の用に供した者(運行供用者、通常は保有者)
 (2)他人のために加害自動車の運転または運転の補助に従事した者(被用運転者、助手)
 (3)加害自動車に搭乗中の運転者以外の者で、乗客・親族・同僚・好意同乗者など。
 (4)加害自動車の外部にいる通行人その他の人(衝突した他事の運転者や保有者を含みます)
に分けられますが、このうち自賠法が「他人」として損害賠償の対象とするのは、(3)と(4)です。(1)と(2)は、いわば加害者であって、かりに他車の過失による事故の被害者であったとしても、自車の自賠責保険上は「他人」とは認められません。
通常「第三者」「他人」とは、自賠法では運行供用者と運転者以外、民法709条では不法行為者以外、民法715条では使用者と加害運転者以外とされます。
したがって、自賠法3条の「他人」は民法715条1項本文にいう「第三者」とその範囲は必ずしも同一ではないと判断されています。

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他人の範囲をめぐって以下のように種々の問題があります。
「自己のために自動車を運行の用に供する者」は自賠法上その運行によって「他人」を死傷させた場合に、賠償責任を負う者であり、いわば加害者として自賠責保険の被保険者の地位を占め、自ら被害者となることはできません。すなわち「他人」とは「自己」を除く概念ですから、自賠法上運行を支配し運行利益が帰属する責任の主体としての「自己」である運行供用者(が除かれるのは当然といえます。
 法人の所有する自動車については、法人の代表権者である社長は、抽象的に保有者の地位にありますが、一私人として行動中には「他人」と考えられる場合があります。
しかし、会社と自宅との送迎の間は、社長個人が保有者の地位を占めるものと認められますから、自賠責保険はワークしないものと考えられます。
 自動車を共同で借用し、共同の目的ないし利益のために運行するときには、それらのすべての者を保有者と考える説が一般のようです。ですから、運転者も自己のためであると同時に、他人のために運転しているものと認められます。たとえば、レンタカーを共同で借り、賃借料も折半し、交替で運転し皆の娯楽のために車を利用していた場合に、もし事故が発生しますと、被害者に対しては連帯責任を負い、内部的には分担関係を生じます。そして、各人が保有者としての地位を分有する以上、自賠責保険では「自己」と認められ、保険金の請求はできません。
 加害自動車の運転者、すなわち他人のためにハンドルを操作している者は、最終的責任をもつ直接加害者として、民法709条による不法行為責任を負っており、自賠法上も「他人」とは認められません。しかし、同乗運転者が非番で仮眠または休養中のときに、運転者でもなく運転補助者ともいえないような者の場合には「他人」と認められることがあります。
 車掌・助手など自動車の運転の補助に従事する者は、運転者の運転を補助し過失を起こさせないように注意する義務があるといえます。自賠法上「運転者」として同一に論じられる面がありますが、自分の過失の寄与しない事故については、「他人」と考えてよいと思われます。
 自賠法11条の「被害者」のなかに、加害自動車の保有者および運転者を含まないことは明らかですが、一般には運転者または運転補助者として自動車に乗っていたことだけでなく、事故の当時の具体的な運転業務ないし勤務条件との関連において運転者または運転補助者としての地位を考え、果たして「他人」に含まれないかどうかを実質的に判断しなければなりません。
 助手が窓から首を出して車を誘導中に、他物と接触したり、バスの車掌が笛によってバックの合図をしているときに、運転のミスで塀との間に狭まれたりした場合には、明らかに運転の補助に従事中であり、自賠法上、他人性は認められず、保険の保護は受けられません。
 したがって、運転者や保有者は一般の傷害保険や労災保険によって万一に備えるほかありません。
 英米法における共働者の原則または共同雇用の原則の認められていない日本においては、同一使用者に雇用されている被用者間の事故に対しても、損害賠償責任を負わねばなりません。そして自賠法上、加害自動車の運転者でも運転補助者でもなく、さらに保有者でもなく、なんら運転自体に関係のない同乗者は当然「他人」にあたるわけです。ただ、酒に酔って助手席へ乗り込んできたり、会社の禁止している荷台への無断同乗中に発生した事故については争われていますが、運転者の意思に反して乗り込むとか、ひそかに荷台に乗り込んだような場合、直ちにこのような同乗者を「他人」として会社に保有者責任を認めることには、なお若干問題があるといえましょう。
自賠責保険においては、従来、夫婦・親子など同居の親族に対する賠償責任を排除してきたようです。その理由として、この場合の運転者と同乗者との関係は、使用者・被用者とか、代理人とかの関係ではなく、全員がいわば共同運行供用者ないし共同保有者と考えられ、「他人」とは認め難く、また生活共同体ないし運命共同体を構成し、経済的利害は一体で、民法上扶養義務があり、一般に協力・扶助の関係にあるため権利・義務とか損害賠償請求とかにはなじみにくいと考えられているからです。そこで、あえてこれを主張することは善良の風俗に反し権利の濫用となるとか、過失に反社会性がなく違法性が阻却されるとか、家族に対しては免責される外国の「家族同乗者の原則」といわれる法理に通ずるとか、あるいは親族間の請求を認めるとモラル・リスクが排除できないなどとか、いろいろ唱えられてきました。
 ところが、俗に「妻は他人」判決といわれた東京地裁の昭和42年11月27日の新判例では、車が夫の特有財産であること(夫が購入し一切の経費を支弁し、妻は免許ももたない好意同乗者にすぎず、夫婦揃ってのドライブも稀であったという事実に基づいています)から共同所有権は認められないとして、妻は自賠法上「他人」と認定しました。そして、自賠法の立法趣旨より、同法を夫婦間に適用しないとする除外規定はなく、また夫婦間でも負傷の程度により違法性は阻却されないとし、自賠責保険契約の締結されているときには、妻が夫に対して損害賠償請求をすることは、保険金受領の前提として実益があり、加害者たる夫の資力を保険によって保障することは被害 者たる妻の保護を図ることであって、なんら不当ではなく、権利の濫用にもならないと述べています。
 一般に同居の親族間にあっては「他人」かどうかは、なお極めて微妙な問題であり、前記の事例でも、妻が常時車を使用したり、夫の運転を誘導したり、負傷の程度が軽少であるような場合など事情が異なれば判断もちがってくると考えられます。
 学説として、近親者間でも個人主義的な民法の個別財産主義を前提とすれば、親族はすべて「他人」とし、社会保障的性格を一部に内包する自賠責保険の範囲では、賠償金の支払いを認めてもよいのではないかとしているものも多くみられます。確かに、扶養義務の規定は不法行為に基づく損害賠償請求権を否定するものではなく、自賠法3条の文言からすれば、同居の親族を他人でないとすることはできません。しかし、他方、加害運転者が親族を殺して慰謝料を受領するというような妙な事態も発生することになります。なお検討すべき問題でしょう。
 実務上は前述のとおり、未だ民法730条の相互扶助義務者(内縁の妻を含みます)である同居の親族聞の保険金請求を認めるにいたっていません。

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