交通事故被害者の請求権の種類
交通事故の被害者は、いろいろの状況によって、つぎのような様々の請求権をもつことになります。
加害運転者に対する損害賠償請求権(その事故が不法行為にもとづくものであるかぎり、被害者は誰でも、この請求権があります。)
加害運転者の使用者に対する損害賠償請求権(加害運転者が被用者で、使用者の業務執行中に発生した事故の場合。)
保険会社に対する自賠責保険の被害者請求権(加害車両が自賠責保険に加入している場合。)
被害者の使用者に対する災害補償請求権(被害者である労働者が使用者の業務上死傷した場合。)
政府に対する労災保険給付請求権(被害者の事業主が労災保険に加入している場合。)
保険会社に対する生命保険給付請求権(被害者が生命保険の被保険者である場合。)
国・地方公共団体・公法上の特別法人または公益法人に対する社会保険給付請求権(被害者が社会保険に加入している場合。)
したがって、加害者側の損害賠償と各種保険との関係はどうなるか、また、各保険給付が競合するとき、これらの相互の関係はどうなるかについて、実務上しばしば問題となります。
まず、被害者の加害者に対する損害賠償請求権と加害者側が加入している賠償保険(自賠責保険・対人賠償保険・対物賠償保険・運転者賠償保険など)との関係からみてみましょう。
もともと賠償保険が事故の発生による賠償責任を負担する場合、その損害のてん補のために加入する保険ですから、先に損害賠償をしているならば、これに対応する賠償保険金は加害者が受給するところとなり、被害者が先にその保険金の支払いを受けたときは、その限度において被害者の損害賠償請求権は消滅します。つまり、被害者は、その賠償金か保険金かのいずれか一方を受けた場合には、同じ損害のてん補を他方から受けとることはできません。
一般に、被害者の加害者に対する損害賠償請求権と被害者側が保険会社にかけている保険(車両保険など)の請求権とが競合する場合には、保険金請求権は、加害者側への損害賠償請求権を行使してもなお埋まらなかった損害に対してなされるものです。 もし、先に保険金請求をして保険金をえた場合、保険者(保険会社)は、保険契約者または被保険者が加害者に対してもっていた損害賠償請求権を代位取得して、加害者に対してその求債権を行使できることになります。これは、被保険者(被害者側)のいわゆる二重取りを防ぐためのもので 「実損てん補の原則 」といい、損害保険の大原則となっています。
しかし、人の生命身体を対象とし、保険価額を見積ることができない保険(傷害保険、健康保険など)にあっては、この原則は適用されませんから、被保険者(被害者)は、二重のてん補を受けてもよいことになります。
また、損害賠償と生命保険の場合も同様です。生命保険金は、既に払い込んだ保険料の対価としての性質をもっており、もともと不法行為の原因とは関係なく支払われるものですから、生命保険金を受領しても、これが損害賠償額から差し引かれることはありません。
使用者は、労働者の業務災害による損失をてん補しなければなりませんが、労働者(被害者)が加害者側から損害賠償を受けた場合には、その価額の限度で、災害補償の責任を免れます。つまり、労働者は、その双方から重複して支払いを受けることはできません。
しかし、災害補償は財産上の損害をてん補するもので精神上の苦痛に対する慰謝までを目的としませんから、慰謝料については別途に加害者に請求できます。
また、労災保険も損害てん補を目的としていますから、これと損害賠償と重複して支払いを受けることはできません。ただ、労災保険の保険給付と事由を異にする慰謝料や物的損害に対する損害賠償は別個ですから、これについては加害者に請求をすることができます。
なお、災害補償と労災保険との関係については、双方とも業務災害による損失をてん補するものですから、労働者(被害者)が、労災保険金を受けた場合には、使用者は、災害補償責任を免かれます。つまり、労働者は、この双方を重複して支払いを受けることはできません。
自賠責保険と対人賠償保険との関係は,損害額が前者で支払われた金額を超過した場合に限り、後者でその超過額がてん補されます。すなわち,「上乗せ保険」で,両者が重複して支払われることはありません。
つぎに、自賠責保険と労災保険との関係については、自賠法は民法の特別法の地位を占めていますので、自賠責保険から支払いを受ければ、その価額の限度で労災保険は支払われません。ただ、労災保険の適用を先に受けた被害者には、なお休業損害の40%並びに労災保険から給付を受けられない損害部分、たとえば、慰謝料とか近親者の付添看護料について自賠責保険に請求できます。この自賠責保険と労災保険とは、法律上はどちらを先に請求しなければならないという規定はありませんが、行政指導としては、一般には自賠責保険を先にするように指示しています。しかし、重傷で治療が長びき全治期間が不明のような場合には、費用もかさみ、また、示談もできにくいので、労災保険の給付を先にした方が便利でしょう。
傷害保険は、自賠責保険とはもちろん、任意保険とは全く独立の関係にありますから、他の保険とは関係なく保険金が支払われます。生命保険の場合も同じです。
対人損害賠償保険と労災保険の場合は、共に損害てん補を目的としていますから、その双方を重複して支払いを受けることはできません。
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