事故仲介者の賠償責任
私は交通事故を起こし、通行人に重傷を与えたので、被害者の委任状をもって訪ねてきた仲介者と話し合い、示談金三〇万円を支払いました。しかし、その後被害者が来て賠償金の請求をしましたので、領収書を見せたところ、被害者は「金は一銭も受けとっていない」といいます。しかし、私とても二度払いをすることはできませんから断りますと、被害者は告訴するといきまいて帰りました。その仲介者は現在所在不明で困っていますが、どうしたらよいでしょうか。
被害者の示談金を横領するなど通常の人には考えられないのですが、この世には鬼畜のような人もいるとみえて、時折このような被害を見聞します。特に「示談屋」と呼ばれる人たちに多いようです。反面、加害者側としても、多額の金を一度ならず二度も支払わねばならないとしたら大変です。
本問の場合、仲介者が被害者の委任状をもって訪ねてきており、しかもその仲介者の領収書をもっているのですから、有利といえます。この「仲介者」のことを法律的には「代理人」と呼び、本人の信任を受けて代理人となった者を「委任代理人」または「任意代理人」と呼んでいます。代理権は、委任状がなくて授権することもできますが、委任状を渡すのが慣習になっています。そして、任意代理権の範囲は授権契約によって定まり、その範囲が委任状に記載されているのが普通です。また、いわゆる双方代理は、原則として禁止されています。その理由は、本人の利益を保護するためです。したがって、本人があらかじめ双方代理を許したときは、有効になります。
代理権の問題でもっとも大切なのは、代理人のした意思表示の効果は、すべて直接に本人に帰属するということです。つまり、一度権利が代理人に帰属し、それから本人に移転するというのではなく、本人が意思表示したのと同様に解されています。したがって、本問の場合、仲介者が被害者の代理人として行なった行為の効果は、被害者本人がしたのと同じです。あなたが賠償金を被害者の代理人である仲介者に支払ったのですから、あなた自身にもはやくり返して賠償金を支払う必要はありません。つまり仲介者の横領による被害は、あなたの負担ではなく、相手方(交通事故の被害者)にあります。
しかし、もし、その仲介者が代理人でなかったり、その委任状が偽造であって仲介者がかってに作成したものであったり、また、代理人の行為が代理権の範囲外のことであったり、双方代理であったりすると、それは無効または取り消しうる行為として、被害者の代理とは認められなくなりますから、あなたは被害者に対してまだ賠償していないと認められます。したがって、このような場合には、あなたは改めて被害者に損害賠償をしなければなりません。もちろんこの場合、あなたは仲介者に対し、先に交付した賠償金の返還を請求することができます。また、代理人のした不法行為の責任は、意思表示の効果とは認められませんから、代理人の不法行為の責任は本人については生じません。ただ、仲介者が本人の使用人であるときには、場合により、本人は仲介者を使用する者として民法七一五条の規定によっていわゆる使用者責任を負うことがあります。
そこで、あなたとしてはその仲介者がはたして被害者の代理人であったかどうか、その委任状は偽造のものではなかったかどうか、代理権の範囲はどうなっていたかなどをよく調査しておかれることです。また、場合によっては、その所在不明の仲介者を、横領、詐欺、弁護士法違反などで告訴し、その真相を捜査してもらうのもよいでしょう。仲介者が示談屋のような
場合には、そのほか、業務上横領、私文書偽造、同行使、恐喝、証憑厘滅などの罪名にかかわることも少なくありません。
このように、いわゆる仲介者に賠償金の
全部または一部を着服されることが少なくありませんから、代理人か交渉にきた場合には、委任状をよく見せてもらい、疑いがあるときはその写しをとったり、本人に直接委任したかどうかを確かめる必要があります。また、賠償金を支払うときは、その旨あらかじめ本人に断わっておけば、このような事故は未然に防止できることと思います。
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