示談交渉する場合の注意(被害者側)

被害者側に立った場合、加害者側と示談する際は、どんな点に注意を払ったらよいでしょうか。
もしできるならば、まず最初から信頼できる弁護士に依頼するのが最上策です。日本では、ともすると弁護士費用がかかるのを恐れて自分ですませようという風潮がありますが、損害額の少ない軽傷のような場合はともかく、致死事件や後遺症のひどい事件などは、これが失敗のもとになるので、はじめから依頼した方が無難です。たとえば、少なくとも五百万円はとれると思われる事件を百万円ないし二百万円ぐらいで示談してしまっている例をよくみますが、考えさせられる問題です。
通常の場合、被害者は、地位、知識、財力その他の点で加害者より力が劣っていることが多いようです。特に、被害者が一家の柱石であった主人で、その奥さんが交渉にあたる際、相手が千軍万馬の会社の事故係だったら、白でも黒のようにいい含められ、その結果はどのようになるか火を見るより明らかでしょう。それほどでないにしても、素人の悲しさで、問題点がわからなくて賠償額を削られたり、重大なミスをして後になってあわてて弁護士の許にかけ込んできても、もはや後の祭りで手の打ちようがないということも少なくありません。少なくとも相手方が一筋縄ではいかぬと思われたら、すぐ弁護士の門を叩くべきです。

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もし、どうしても被害者自身または家族の方が自ら示談交渉される場合には、以下のことに注意して交渉をすすめるようにしてください。
一般に、当事者どうしの示談交渉の経過や状況などをみますと、お互いに感情に走り、ちょっとした言葉のやりとりから興奮して、問題の本質から遠く離れた事柄で激論を交わしたり、ののしり合ったりしている場合が少なくありません。当事者としてそのような気持になることも十分理解できますが、それでは問題はいっそう紛糾するだけで少しも解決することにはなりません。したがって、お互いに冷静に話し合うことが何よりも大切で、特に被害者側は感情的にならないよう戒める必要があります。感情的になっても得をすることになりませんし、それほど理不尽の相手なら話を打ち切って堂々と裁判で争って理論で相手を粉砕すればよいのです。
つぎに、示談は、あくまで慎重にやることが必要です。あせることは少しもありません。あくどい加害者になりますと、甘言や泣き落としで、被害者を陥落させようとしたり、「そのような損害の賠償は法律上できないことになっている」などとだましたり、「これだけなら今直ぐでも支払うが、それ以上請求するなら、裁判でいつまででも争う」などとおどかしたり、いろいろのことをいってきますから、その手に乗らないように注意することが肝心です。
そして、相手方の言い分がもっともと思われても、その場ですぐ示談書をとりかわしたりせずに、専門家である弁護士の意見を求めるのがよいと思われます。その程度の相談なら、弁護士の報酬は知れたものですし、まちがえて、あとあと莫大な損失をするかも知れないことを考えたら安いものです。また、その金もない方なら、弁護士会やその他の無料相談所を利用されたらよいでしょう。いずれにせよ、念には念を入れて、最良の条件または方法であることをみきわめたうえ、示談に応ずることが大切です。披害者のなかには、相手のいうままに示談書の内容も読まないで署名押印したり、ひどいのになると印鑑を相手に預けたり白紙に押印したりして、あとになってから泣きごとを並べる人かおりますが、そのようなことが絶対にないよう注意してください。
ところで、被害者にとってもっとも重要なことは、相手方が示談の内容を確実に履行するということです。したがって、被害者としては、相手方をして示談の内容を確実に履行させる方策をとらなければなりません。もちろん、一番よいのは、賠償額の全額について支払いを受け、それと交換に示談書をとりかわすことです。もし、これが不可能なときは、できるかぎり多く、少なくとも半額以上を頭金として受領し、残額を分割払いとします。分割払いが数回も、または長期にわたる場合には、不履行の場合の措置、たとえば、「分割払いを二回以上遅延したときは、加害者側は、即時期限並びに分割払いの利益を失い、残額全部を直ちに被害者に支払わなければならない」旨の条項を示談内容に織り込むことが必要です。
総じて、示談金の後日払いや分割払いを認めたときは、単に示談書を作成するだけでは足りません。必ず即決和解調書または公正証書にして、不履行の場合は直ちに強制執行できるようにしておくとか、不動産に対して抵当権を設定するとか、資力のある人を連帯保証人にするとかの措置をとっておくようにすべきです。そうすれば、万一の場合それが役に立ちますし、そのおそれがないときでも加害者側に常に心理的強制を与えますから、その履行を円滑に運ぶ大きな要素となることでしょう。
最後に、被害者としては、示談すべきチャンスをうまくとらえることです。もちろん、示談だからといって理由のない譲歩をする必要は毛頭ありませんが、示談というのはもともと話合いで決めることですから、事件の内容、相手方の態度、賠償額のいかんなどによって、これがこの相手方にとってギリギリー杯の支払い可能の額だとわかった場合には、それが全く納得できない金額および支払方法でないかぎり、示談する一つのチャンスであることは間違いありません。もちろん多少の不満は残りましょうが、もし八割方満足という状態ならば、示談ですませたほうが結局は得だろうと考えます。
示談ができなければ、調停に申し立てるか訴訟にするか、いずれかですが、調停は双方の譲歩がなければ成立しませんから、結局は訴訟になるでしょう。訴訟になれば、かなりの日時と労力と経費がかかります。また、その間における金利計算や物価高騰による貨幣価値の減少、あるいは相手方資産の消失などによる危険負担等を考えなければなりません。そのうえ、訴訟の場合には過失相殺が行なわれますから、損害請求額がそのまま全部認められるとはかぎりません。被害者のなかには、示談交渉中、感情的になり、損得を離れてトコトンまで争う気になり、他方、加害者も意地になって長年にわたって争い、そのあげく数年たってからもとの示談条件で和解するなどの例も見受けます。こんなことをするのは加害者側も損失を免れませんが、被害者としてはなおさら大損ということになります。チャンスがあったら合理的な譲歩をすることによって多少の余韻を残すのが示談をまとめるコツともいえましょう。

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