示談交渉の書式
示談は契約の一種ですから、示談書は必ずしも作らなければならないというものではありません。しかし、後日争いが起きたとき、示談書を交わしていないといわゆる水掛け論になり、示談の成立またはその内容を立証することが非常に困難となります。したがって、後日の争いを防ぐために示談書を作成しておくのがよいわけです。
ところで、示談書の書き方ですが、別に法定されているものではありませんから、どんな書式でもさしつかえありません。実際も種々雑多です。なかには、強制保険や任意保険の保険金請求に際して、保険会社が用いている様式や、警察署などが刑事事件の情状資料として使用している様式などに従って示談書を作っているものも少なくありませんが、これでもさしつかえはないわけです。ただ、そういう書式を使う場合には、それで実際に合うかどうかを注意することが必要です。
しかし、示談書を作るからには、示談の内容を特定し明確にする最少限度のものは、必ず記載すべきです。その項目としては
(1) 当事者名
(2) 事故の日時・場所
(3) 加害車両の番号
(4) 被害状況
(5) 示談内容・方法
(6) 作成年月日
の六つです。
ところで、よく問題になるのは、事故の内容(事故原因、過失の有無・程度、事故の態様など)と権利放棄条項についての記載方法です。
事故の態様などの記載は、過失の有無、程度とかかわりなく概略的に記述するものならば、あとあと問題は残りませんが、たとえば「本件事故は、被害者甲が酩酊のうえ、交通信号を無視したため惹き起こされたものであって、運転者乙には何ら過失のないことを確認する」というような記述がありますと、後日紛争の種をまくことになりがちです。もっとも、判例のうちには、「示談書で被害者がその過失を自認した和解が成立していても、それをもって加害者の過失の存在に何らの影響はない」と判示した例はありますが、できるだけあらかじめ注意するにこしたことはありません。
つぎは、権利放棄条項についての記載で、ほとんどの示談書には、「今後本件に関しいかなる事情が起こりましても、両者はそれぞれ相手方に対し、何らの異議要求はもちろんのこと訴訟一切いたしません」とか、「甲(被害者)は爾余の請求権を放棄し、本約定以外に何らの名目をもってするも請求はしないこと」とか、「甲(被害者)は、乙 (加害者)、丙(加害者の使用者・車の所有者等)に対するその余の請求を免除し、甲は今後乙丙に対し民事上刑事上一切の追及をしないこと」などと記載されています。これは、加害者が後日被害者から「あれは保険金だ、民事上の損害賠償は別だ」とか、後日になって「まだ腰が痛む、もう少し賠償金を追加せよ」などと再度請求されるのを防止するためです。
もっとも、このような権利放棄条項の記載をしたからといって、必ずしも絶対にそれが有効であるとはいえません。被害者の容態がその後予期に反して悪化し、著しい事情変更があったりすれば、その条項は失効となったり、場合によっては示談そのものが無効となったりすることもあるわけです。しかし、そのような特殊なケースでなければ、一般にはこれによって被害者はその後の賠償請求権を放棄したも
のと認められるのが普通です。したがって、加害者側にとってはこの一条を示談書に記載しておくのが有利ですし、被害者側としては不利になるわけです。被害者としては慎重に検討したうえ同意するかどうかを決めるべきでしょう。
ただ、刑事上の告訴を放棄する旨明記しても、法律的にはあまり意味がありません。なぜなら、自動車事故の場合は通常業務上過失致死傷罪(または重過失致死罪)となりますが、この犯罪はいわゆる親告罪ではないからです。もっとも、自転車事故などで単純過失傷害と認定されたような場合には、親告罪となりますから、この場合には実務上告訴権放棄として取り扱われることになるでしょう。
示談交渉の相手方/ 示談交渉の適格者/ 示談交渉をする場合の注意(被害者側)/ 示談交渉する場合の注意(加害者側)/ 示談交渉の書式/ 賠償金の分割払い/ 示談のやり直し/ 示談屋対策/ 当たり屋対策/ 事故仲介者の賠償責任/ 調停の申立て/ 仮の地位を定める仮処分/ 加害者が財産を隠匿するおそれがある場合/ 賠償請求訴訟/ 裁判を有利に運ぶための訴訟の準備/ 仮執行宣言と執行停止手続き/ 加害者に強制的に損害賠償を支払わせる/ 競売と転付命令/ 判決に不服のあるとき/ 強制保険金請求の手続き/ 強制保険金の被害者請求/ 強制保険金の再度請求/ 強制保険の適用除外車/ ひき逃げをされたときの損害賠償請求/ 強制保険と損害賠償との関係/ 労災保険と損害賠償との関係/ 強制保険金の消滅時効/ 任意保険金の請求の仕方/ 自動車の盗難、火災による保険金請求/
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