使用主が賠償金を支払った後での従業員への請求
ある会社の従業員が会社の車を運転中に他人を死傷させたとき、会社は運行供用者としての責任を負います。もちろん、その従業員も責任を負います。しかも両者は不真正連帯責任を負うとされています。
ところで、通常は会社が被害者に賠償金を支払いますが、さて、そのあとで会社が当の従業員、事故を起こした運転手にその金を返せ(求債権行使)といえるか。
民法七一五条三項では、この求償権の行使をみとめているのです。しかし、従業員にはあまりお金はないし、さらに、そもそも、会社は利益追求のため車を使い従業員を雇っているのだから、本来、会社が賠償金を支払うべきで従業員に負担させるのは酷だというべきでしょう。
そこで、判例も求債権行使をあまり認めない傾向にあります。従業員の過失が大きいときにのみ、しかも、会社が支払った金額の五分の一から一〇分の一くらいしか従業員に負担させていません。その理論的根拠は非常にむずかしくて、判例上も種々の理論がありますが、まあ、従業員に負担させることは使用主の権利濫用としてみとめられないと考えてよいでしょう。
ただ、この事例と違って、友人の車を借りて事故をおこしたようなときは、かりに車の所有者が賠償金を支払ったとしても、そのあとで事故をおこした人は所有者に、その賠償金全部を返済しなければなりません。この場合は両者間に主従の関係はないからです。
加害車両運転手が刑事裁判にかけられたとき、その人は被害者のところにきて、ぜひ、示談をしてくかと頼みにきます。刑を軽くするために示談書が必要だからです。
ところで、加害運転手とだけ示談したら、その車両所有者(雇主たる会社)に対する損害賠償請求権はどうなるでしょうか。
所有者は自賠法による運行供用者責任を負い、事故運転手は民法七〇九条による不法行為の責任を負い、両者は被害者に対し不真正連帯責任を負います。だから、一方が被害者にお金を支払えばその範囲で他方の責任も軽くなります。
しかし、両者の責任は、お互いに独立性をもっていて連帯責任とは違っていると解されています。だから、一方と示談をしてもそれは他方に影響を及ぼさないとされています。
ですから、事故運転手と示談しても、車の所有者とは示談したことになりません。しかし、運転手と示談成立した金額は所有者に対する請求額からさしひかねばなりません。
もっとも、たとえば、事故運転手とは五〇〇万円で示談し、ついで所有者と三〇〇万円で示談したとき、もし、所有者から運転手に対し、求償権行使をみとめられる場合には、この運転手は最終的には八〇〇万円を負担しなければならなくなります。
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