交通事故の加害者が逃げ回っているとき
交通事故の加害者が、相当の大きさの会社だとか、かなりの家をかまえた人だとかいう場合には、まず、逃げ回ってつかまえられない、ということはなさそうに思えますが、世間には、そういう人でも、被害者が何度電話しても出てこない、家へ行けば居留守を使う、手紙を出しても返事もくれない、ということがあるものです。さらに、もっとひどい加害者になると、どこかへ行ってしまっていなくなるとか、昨日まであった会社が急に戸閉りしてなくなってしまう、ということも、たまにはあるものです。
こういうときは、示談交渉はどうしたらよいのか。まず、相手の会社や自宅がはっきりしているのに、居留守を使って示談交渉に応じないときには、最終的には、内容証明郵便を出して、きたる何月何日までに示談交渉に応じないときは、裁判の手続きをとります、とこちらの決意のほどを示し、その期日までに何にも連絡してこないときは、本当に裁判にふみ切るほかはありません。しかし、そうするまでには、電話や手紙を何度も出して、できるかぎりの努力はしなければいけません。
加害者がいなくなったり、その会社が戸閉りしてしまったときは難問です。これは、その加害者が本当に無一文である証拠とみられるからです。こういう場合も、結局、裁判をおこすよりほかに手がないのですが、ただ、注意すべき点は、裁判をおこして勝訴判決をとっても、本当に全然加害者からとれる見込みがないときは、むしろ、裁判費用をかけただけ損になってしまいます。このへんの見きわめがむずかしいことになります。しかし、相手が個人の場合には、どこへ逃げようと、とことんまで逃げきれるものでもありません。また、小さな会社の場合には、会社はなくなっても、その社長の個人の責任は残ります。加害者が小さな会社であって、社長個人も常日ごろから会社の業務を直接監督しているようなところでは、社長個人も賠償責任を負わされることがあるのです。そこで、戸閉りして逃げるような小さな会社を相手とするときは、そこの社長個人も相手に裁判をやるのです。結局、こういうときは、事故運転手、その会社、その社長の三者を被告にして訴訟をやるのです。こうなると、社長個人は逃げきれなくなって、うまく解決することがあります。しかし、いずれにせよ、このようにこじれたときは、いわゆる示談解決は困難であることはまちがいのないところです。
交通事故の加害者が示談をしつこくいってきた場合、これは現実には、かなり多くあることです。
その一つは、前にものべたように、事故直後に、示談屋などがきて、大急ぎで示談を成立させてしまおうとして示談をせまることがあります。この点は前にのべたとおり、被害者はけっしてその手にのらないでください。念のために申しますが、事故直後に加害者が示談をせまってきても、その示談金が十分なものなら、何も拒否する理由はないのですが、まずまず、そんなことはあり得ないのです。安い示談金ですませてしまおうとして、示談屋は示談をせまるのです。その点をよく考えてください。
つぎに、事故から相当の期間がたったころ、加害運転手に対する検察庁の調べが始まり、ついで裁判にもなることがあります。この相当の期間というのは、事件内容によっても大きく追っていて、いちがいには言えませんが、数カ月から六ヵ月くらいが普通でしょう。この加害運転手に対する調べは、刑事手続ですから、直接は示談と関係はないのですが、しかし、示談解決していれば、それだけ情状がしゃく量されるのです。検察庁としては、被害者救済の趣旨からも、なるべく示談をしてこい、と加害運転手にすすめるのです。まあ、示談成立していなければ正式裁判にかけられるが、示談解決していれば、略式罰金ですませる、ということもあるわけです。さらに、正式裁判になってからも、加害者が相当の賠償金を支払って示談解決していれば執行猶予がつくけれども、示談解決していなければ禁固刑に処せられる、ということがあるのです。死亡事故や重傷事故では、加害運転手と被害者との間で示談成立していなければ、まず、執行猶予にならず、実刑をうけてしまう、と通常は考えられているほどです。そこで、加害運転手やその家族は、あわてて示談書をとろうとかけ回るのです。こういう事態になるまで、示談成立に努力をしなかった加害運転手も、不誠実のそしりはまぬかれないのですが、しかし、被害者の利益だけから考えてみると、相手が示談してくれと頭を下げてきたときは、まさにチャンスがきたといってよいのです。このチャンスを被害者としては利用すべきです。ただ、問題は示談金の額です。わずかな金額で示談してくれ、といわれても、それじゃ、被害者としては応ずるわけにはいきません。しかし、わずかな金額でも、加害者が持ってきたお金をのがしてしまうのもおしいことです。そこで、こういう場合は、つぎのような示談書を作ってもよいでしょう。
すなわち、仮りに正当な賠償金が一〇〇万円だとし加害運転者が現に持参したお金が二〇万円だとします。示談書の内容として、加害運転手甲は被害者乙に対し金一〇〇万円を支払うことを約束し、その内金二〇万円については、本日、甲はこれを乙に支払った、残八〇万円については、すみやかに乙宅に持参して支払うこととする、というものです。
実をいうと、こういう示談書は、ただ支払うと約束しただけで現にまだ支払ってはいないので、こういう示談書を加害運転手が自分の刑事裁判に提出しても、あまり効果はないのです。
いくら約束だけしても、本当に約束を実行するかどうかの保証がないからです。でも、被害者にとっては、一〇〇万円を支払うという約束をとりつけただけでも意味がないわけではありません。
もっとも、このような、将来、いつか支払うという示談書では、検察庁や裁判所では、あまり重要視してくれないのです。そこで、加害運転手としては、刑事裁判所へ提出するために、示談金は少額でも、これですっかり終わったという示談書を書いてくれ、と要求してくるものです。しかし、これはたいへん危険なことなので、こういう要求は拒否すべきです。たとえ、刑事裁判所へ出すためだからといっても、示談成立し、示談金の支払いも完了したと買いててしまうと、これは保険会社やその他に持ち出されるとたいへんことになってしまうのです。ですから、仮りの示談書だとか、刑事裁判所へ出すだけの示談書だとか、そういう中途半端な示談書は、加害者側の強い要求があっても、これをことわるべきです。
ただ、被害者と加害者とが知り合いであって、まだ示談成立にはいたっていないが、加害者が刑事裁判にかけられて重い処罰をうけてはかわいそうだとか、加害運転手の母親に頼まれて、ことわりきれなくなった、というような場合には、嘆願書を書いてやればよいでしょう。嘆願書とは、まさに刑事裁判専用のものであって、これを書いたからといって民事上の損害賠償請求権がなくなるわけではありません。
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