示談にするか裁判にするかの分岐点
示談がうまく成立せず、とうとう裁判になってしまった事案を検討してみると、二つの点が目につきます。一つは、被害者にも過失があって、加害者と被害者との過失割合について争いがあることです。二つめは、加害者側に資力がなくて、裁判でもなんでもやってくれ、と居なおってしまう場合です。
もちろん、示談が決裂した場合には、両者とも非常に感情的にエキサイトしているものですが、その感情的になった原因をさぐってみると、結局、この二点が大きな作用をしているようです。この二点が、結局、まことにむずかしいことになるのですが、まず順序を立てて、考えをのべましょう。
第一に、損害賠償額の標準的計算方法、すなわち、被害者に全然過失がなかったときの賠償金額はいくらになるか、という計算をしなければなりませんが、この計算自体が、加害者と被害者とで大きく違っているときは、示談はうまく進みません。近ごろは、交通事故関係の参考書もたくさんあるので、加害者も被害者もそれをよく研究しており、いちおうの基準は知っていらっしゃる人が多いようです。
しかし、なかには、うちの従業員がおこした事故だから、おれは無関係だ、などと高言する社長もいますし、また、死亡事故の慰謝料は一〇〇万円どまりだ、などと大まじめに主張する加害者もいます。
こういう、まったく訳のわからない加害者に対しては、多少教育する必要かおりますから、二、三の参考書をみせて説明してください。もし、それでも、相手が全然態度をあらためないときは、これはもう示談交渉を続けてもムダです。三回くらい加害者を説得しても、少しも加害者が自説をあらためないときは、裁判を始めてしまったほうがよいでしょう。
第二に、前にのべた過失割合について争いがあるときです。実は、この過失割合については、専門家の間でも相当、意見の差があるようです。かなりむずかしい問題なのです。それというのも、事実を正確につかまないと、十分な判断ができないからです。裁判になったときは、警察や検察庁で調べた刑事記録をみることができますが、示談の段階では、この刑事記録がないので、結局、当事者の話から判断するほかはなく、さらに、死亡事故では、加害者側の一方的な話しか聞くことができないのです。スリップ痕や自動車の破損状態などから、有力な手がかりを得ることもありますが、それも、いと正確にはわからないことが多いのです。
結局、示談段階では、大ざっぱな見当をつけるよりしかたがないのです。そこで、この大ざっぱな見当が、被害者と加害者とで、極端に違っていると、示談はむずかしくなります。たとえば、被害者の過失につき、被害者側は二〇パーセントと考え、加害者側は五〇パーセントと考えていたとするなら、まあ、つまるところ、被害者の過失としては、三〇パーセントトか三五パーセントくらいのところで話合いが成立する余地があります。ところが、被害者の過失として、被害者側は二〇パーセントと主張し、加害者側は八〇パーセントと主張しているとしますと、これは、なかなか話合いは困難になります。
過失割合については、被害者も加害者も、お互いに自分に相当有利に考えがちです。ですから、被害者としても、一度は、自分にぐんときびしく考えてみてください。それでも、加害者側との差が大きいときは、やはり裁判に持ちこむほかはないでしょう。
第三に、示談交渉には、期限をつけてやるべきだと思います。ここにのべた例のように、両者の主張が極端に違っているときは、三回くらいの交渉で示談を打ち切り、裁判へ持ち込んでよいと思いますが、両者の主張が、まあ、そんなにはかけはなれていないときは、ねばり強く、五回も一〇回も交渉すべきものです。しかし、そうはいっても、示談を成立させるかどうかは、最後は、結局、ふんぎりの問題です。ですから、むやみに交渉回数を重ねても効果があがるものではありません。示談交渉は、回数にして一〇回、期間にして三ヵ月から六ヵ月くらいが限度でしょう。話の進むときは、このくらいのうちに相当、具体的に煮つまってきます。このくらいの時間をかけても、さっぱりらちがあかないときは、もう望みはありません。
そこで、示談交渉を始めるに当たって、いちおうの期限を定め、これを相手にも伝えておくべきです。この期限内に、話がちっとも前進しないようでしたら裁判を始めるべきでしょう。示談交渉の期限を設定することは、話に真剣さを加えるよい方法だと思います。
もちろん、この期限は、あくまでも、いちおうの腹づもりで弾力的に運用していただくよう、お願いします。
第四に、加害者側に資力のない場合はどうするか。実は、これが最大の難問で、本当に加害者側が無一文であったら、もう、どうにもならないのです。加害者側に資力もなく、任意保険もなかったら、被害者は自賠責保険しかとれないのです。世間の実情をみると、資力のある人ほど任意保険もかけてあり、資力のない人は任意保険もつけてないのです。救い難い矛盾です。これを救うには、自賠責保険(強制保険)の金額をうんと上げるか、国が賠償金を負担するかしてもらわなくてはならないのですが、現在の日本では、とてもそこまでは望めません。
とにかく、加害者側が本当に無一文だったら、被害者は自賠責保険しかもらえないのですが、ただ、問題は、実際は資力があるのに、会社がつぶれそうだ、といって逃げようとする加害者もいることです。そこで、いちおう、加害者側の財産調査をする必要があります。財産調査の方法としては、興信所に頼むのが一番よいでしょう。この調査をした結果から、相当の資力があるとなったら、被害者としては強い態度で進むべきです。しかし、かりに興信所にまで頼まないとしても、加害者側が、現に仕事をやっている場合には、いくら資力がないといっても、裁判をおこされると、多少なりとも賠償金を支払うものです。さらに、加害者側が小企業で、すぐにでもつぶれそうな場合には、そこの社長個人に請求するという方法もあります。この方法をとれば、かなりの効果をあげるものです。
結局、加害者側に資力がないという理由で示談が成立しなかったときは、やはり、裁判をやるべきでしょう。その結果、裁判費用も回収できなかったという例は、非常にまれなことだと思われます。
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