示談にはどのような効果があるか
全交通事故の七〇パーセントは示談で解決されており、人身事故をおこすような交通事故だけをみると、九五パーセントくらいも示談で解決されているのです。その社会的作用はきわめて重要なのです。ですから、その効果については十分頭に入れておいてください。
自動車事故には三つの問題があります。一つは刑事問題と行政問題、それと民事問題です。民事問題とは、一般的には、お金の問題にかぎられません。たとえば、土地の境界線を定めたり、協議離婚をしたりというのも民事問題ですが、まあ、なんといっても大部分はお金の問題になります。とくに、自動車事故の民事問題というと、損害賠償金を支払うというお金の問題だけになってしまいます。加害者と被害者とが示談するということは、この損害賠償金の問題を解決するということです。刑事問題や行政問題については、加害者と被害者とが話し合って、事故をなかったものにする、ということはできません。ただし、示談が成立したということは、加害者が相当のお金を支払って誠意を示したということになりますから、情状が酌量されて、加害者に対する刑事罰が軽くなることは事実です。
被害者と加害者との間で五〇万円で示談したとすると、加害者はこの五〇万円を支払わなければならないのですが、五〇万円以上支払う義務はなくなり、また、被害者はこの五〇万円を請求する権利を持つことになりますが、五〇万円以上を加害者に請求することはできなくなります。示談で五〇万円ときめたときは、その事故に関する損害賠償金は五〇万円であることを被害者、加害者共に確認したことですから、示談成立したあとになって、七〇万円支払ってくれと被害者が要求しても、それはだめです。見方によれば、被害者としては、五〇万円以上の損害があったとしても、五〇万円をこえる分の請求権の放棄をしてしまったのだ、とも考えられます。そこで、この点に関し、つぎの二つを注意してください。
一つは、示談成立後に後遺症が発生したときは、この原則は修正され、示談金とは別に後遺症に関する損害賠償金を請求できます。この点について、昔の判例(裁判所の判決例)は、示談成立したときに後遺症が発生するとは想像もつかなかったという場合にのみ、示談金とは別に後遺症についての損害賠償請求をみとめていました。もし、示談成立時に、将来後遺症が発生するかもしれないとわかっていたときには、原則として後遺症の分もふくめて示談をしたものとみなし、示談成立後に発生した後遺症について別に損害賠償を請求することはみとめませんでした。そして、この予見可能性がなかったと判定されることは、むしろまれであったのです。ところが、現在では、判例も大きく変わり、示談成立後に後遺症が発生したときは、被害者は原則として示談金とは別に後遺症の分を請求できるとし、ただ、示談成立のときに後遺症の分もふくめて示談したことが明らかなときには、後遺症分を別に請求できない、という考え方になっています。
もう一つの点は、被害者の負傷が重く、治療に二年も三年もかかり、途中で示談する必要にせまられたという場合にはどうするか。また、保険金をとるために示談書が必要だとか、加害運転手が刑事裁判にかけられているので、ぜひ示談書を書いてくれと加害者から頼まれて、ことわり切れなかったときはどうするか。こういう場合は、その示談書にその旨を明記しておくか、別に念書を加害者に書かせておくべきです。すなわち、治療が長びいて、途中で示談書が必要になったときは、その示談書の中に、本示書は何年何月何日までの分についての示談であって、その日以後の分は、あとになってまた話し合う、と明記しておくこと。保険金をとるためとか、刑事裁判に出すため、というときには、その示談害とは別に、加害者に念書をかかせて、その中に、何年何月何日付の示談書は保険金請求のための示談書である、または、刑事裁判に出すための示談書である、したがって、最終の示談書はのちにまた作成する、と明記させておくとよいのです。しかし、こういう、いわば、かりの示談書はなるべくさけたほうがよいことは当然のことで、やむを得ざる場合以外には、こういう示談はやるべきではありません。
よく、示談書をもってきて、示談ができたのに加害者がお金を支払ってくれないから、すぐ加害者の財産を差し押えて競売してくれ、とおっしゃる人がいまが、示談書は私文書ですから、法律上の執行力はないのです。そこで、この示談書を証拠書類として裁判をおこし、判決(または和解調書とか調停調書)をもらい、この判決書(または和解調書、調停調書)で加害者の財産を差し押えて競売にかけることになります。なお、裁判をおこす前に、示談書だけで加害者の財産を仮差押えすることはできますが、この仮差押えとは、財産を移動させないように押えておくだけであって、競売まですることはできません。
そこで、こういう裁判などという面倒な手続きをはぶくためには、示談書を公正証書にしておくとよいのです。
公正証書を作るためには、加害者と被害者とが、公証人役場へ行くのです。そして、公証人の面前で、これこれの内容の示談ができたから、公正証書を作ってくださいとたのめば、公証人が両者の話をきいたうえで作成してくれるのです。これは公証人という高い地位を持った、信頼できる人が、中にはいって作成されるものなので、信頼性が高く、したがって、公正証書には執行力があるのです。もし、加害者が約束の期日に支払わないと、公正証書で、加害者の財産を競売できるのです。ですから、示談書は、できるだけ、公正証書にしておくことを、ぜひ、おすすめします。
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