示談交渉に入る前の基本知識

示談交渉にはいる前に、法律的に正当な損害賠償金額をしっかり計算してみることが必要です。法律的に正当な金額とは、すなわち、裁判所で通用する金額ということですが、この金額をしっかりと頭に入れておかないまま、示談交渉にのぞむことは、まさに無謀というほかはありません。被害者にとって、示談交渉とは、この法律上正当な金額からどれだけ譲歩するかということになります。いずれにせよ、正当な金額を知ることが示談交渉の第一歩です。
 要求金額は、自分が法律上正当と思う金額より多少上のせして提示すること。これは、要求金額を計算上可能なかぎり多い目にすることは、示談交渉のテクニックとしては、現実にきわめて重要なことです。示談交渉は、一回や二回の交渉で簡単に解決しないことがふつうです。

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たとえば、初めは加害者が一〇〇万円なら応じようといい、被害者が二〇〇万円を要求し、これがまとまらず数回の交渉の結果、加害者の提案は一三〇万円、被害者の要求は一七〇万円となり、このあたりで両者とも、一歩もゆずらず長期戦の様相を示してきます。そして、被害者と加害者とのあいだでさんざんもめ技いたあげく、結局は両者の主張の真ん中をとって一五〇万円で示談成立する、というような解決のしかたをするケースが多いのです。ですから、少なくとも一五〇万円を加害者が支払ってくれなければ示談は成立させないと被害者が考えていたときには、最初に加害者に要求する金額は少なくとも二〇〇万円にしておかなくてはならないのです。
 これは、相手を納得させるテクニックであるのです。とくに、相手方が会社の事故係の人である場合には、相手に花をもたせることが必要になります。その事故係の人は、第一回目の示談交渉のあと、会社に帰って上司にその日の結果を報告しなければなりません。その時、上司に対し、今日は三時間も交渉しましたが被害者を説得することができませんでした、と報告するのはつらいことなのです。
 第二回、第三回の示談交渉の結果も、まったく同じような報告をしていたら、上司にいやな顔をされるでしょう。いつになっても同じ報告しかできなかったら、ついに上司にどなられて、お前は示談交渉の能力がないときめつけられるでしょう。そこで、交渉の途中で三〇万円だけ要求額を下げてやれば、事故係の人の立場もよくなるのです。そうして、最後になって、事故係が上司に対し、もうこの件は一五〇万円でぎりぎりです、このくらい支払わなければ解決しないでしょう、というと、上司も納得することになるのです。
 交通事故の裁判で、被害者が有利な判決を得るためには、どういう要素が一番強く作用するかということ を、コンピューターを使って調査したことがあります。常識的に考えると、弁護士の能力などが大きな作用力をもっているように思われます。また、加害者側に十分な資力があったり任意保険が多額にかけてあったりすると、裁判官もつい心理的に影響されて、比較的高額の判決を出しそうに思われます。ところが、このコンピューターの結果によると、判決金額(和解などの妥結金額もふくめて)に一番強く影響をおよぼすものは、原告の請求金額であったとのことです。これは、非常に興味のあることでした。裁判所の裁判のときでさえ、原告の請求する金額が多額なときは、それにつられて判決金額も多くなるというのです。
 誤解のないように申し上げておきますが、傷害事故よりは死亡事故のほうが、また、収入の少ない人が死亡したときよりは収入の多い人が死亡したときのほうが、賠償金が多額になることは当然でしょう。コンピューターの結果は、そういうことをいっているのではなくて、たとえば、まったく同程度の事故の場合において、被害者が一〇〇万円を要求したときと二〇〇万円を要求したときとでは、やはり二〇〇万円を初めに要求したほうが、結果的には被害者はより多額の賠償金を取得できるというのです。これは良い悪いの問題ではないと思います。それが現実の人間の姿だと思うのです。
 最初から被害者は、あまり弱気になってはいけません。加害者に対して、ドカンと要求すべきです。ただし、むやみやたらと高額の要求にしても、かえってばかにされます。それではどのくらいの要求をすべきか。端的にいうなら、法律的に正当と思われる金額を正確に計算して、その金額の五割増しの要求をすべきです。
 加害者側の資産を調査することも基本的なことです。加害者側は、口ぐせのように、金があれば払いたいのですがといいます。そこで、本当に資力がないのか、本当に会社が倒産しそうなのか、を念のため当たってみることが必要です。その方法としては興信所に頼むことが便利です。
 被害者自身の過失を十分吟味すること、この点は、非常に重要なことです。被害者のかたのやりかたをみていると、細かい雑費、すなわち、石けんやちり紙の領収書を集めるのに苦労してしる人を見うけますが、そういうものは、金額でいうとわずかなものなのです。これに対し、過失の点は、もっともっと損害賠償金の金額に大きく影響するのです。もし、被害者に一〇パーセントの過失があれば、賠償金は一〇パーセント減らされます。一〇パーセントというと、死亡事故のときは、何百万円にもなります。そのため、現在、交通事故の損害賠償問題で、被害者、加害者、が一番鋭く対立するのが損害額の算定と並んで過失相設があげられています。
 この過失相殺とは、被害者の損害発生または損害を拡大させたことについて、被害者にも過失があったときは、その賠償額をきめる際には、被害者の過失も考慮されるということをいい、「損害の公平なる負担」という見地からみとめられているものです。
 しかし以前は、被害者に過失があっておこった事故の場合でも、過失割合を認定して損害額を算定する上で、どの程度、考慮するかは裁判官の自由裁量にまかされており、またその理由を判決文中で明示する必要もないとされていました。
 しかし、これでは訴訟をおこさなければ過失割合がわからないこと、また同じような事故なのに裁判官により個人差が出やすいことなどから、昭和四一年一月、当時の東京地方裁判所の民事二七部(民事交通部)の関係裁判官が、過去の類型的な事故の裁判例を詳細に検討、分析、討議した上で、「自動車事故の過失割合の認定基準」として発表され、過失割合の定型化が試みられました。その後、大阪地裁、京都地裁からも過失割合の認定基準が発表されました。

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