後遺症の出るおそれのあるときの示談

後遺症が出るかどうかはわからないが、もしかしたら出るかもしれない、という場合に、示談はどうやるべきでしょうか。これは、示談を成立させるときに、十分考慮すべき大切なことです。事実、この種の相談はしばしば受けるものです。
 示談と後遺症との関係について、昔の判例は、かなりきびしく考えており、示談成立してしまうと、その後に後遺症が出ても、なかなか、その後遺症についての補償請求をみとめず、ただ、後遺症発生が予想もつかなかった場合、すなわち、示談成立のときに後遺症発生についての予見可能性がなかった場合にのみ、後遺症について別に請求をみとめていたのです。結局、この予見可能性の有無ということが大きな論点になっていたのです。

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しかし、現在の判例では、この予見可能性ということを非常にゆるやかに考えており、むしろ、原則として、示談成立後に後遺症が出た場合には、この後遺症についての補償は別に請求できることとし、ただ、示談成立のときに後遺症の分もふくめて示談をしたということがはっきりしている場合には、後遺症についての補償請求を別にすることはできない、としています。要するに、原則と例外とが遂になったようなかっこうです。
 ですから、現在では、示談書を作るときに、すでに、被害者の後遺症の等級がはっきり診断されており、示談当事者もこれを知っていたという場合には、その示談書は、後遺症の点もふくめて作られたものと考えられてしまいます。しかし、そのように明白な場合以外は、いちおう、後遺症の分は別だと考えてよいので、現在では、後遺症と示談との問題で、特にむずかしい点はないと思ってよいでしょう。
 そこで、後遺症が出るかもしれない、というときの示談のやりかたですが、いまいった判例の傾向からいうと、とくに後遺症の点にふれなくとも、示談成立のときに、現に後遺症が発生していなければ、あまり用心する必要もないのですが、念のために、示談書の末項に、つぎのような一項を入れておけばよいでしょう。すなわち、「第何条。以上の通り、本日、被害者と加害者との間で示談成立したが、万一、本日以後、被害者に後遺症が発生した場合は、それに対する治療費、休業補償、逸失利益、慰謝料等の補償は、本示談金とは別途に、加害者は被害者に支払うものとする」こうしておけば、示談成立後に発生した後遺症について、被害者は破実に加害者に請求できるのです。
 つぎに、示談成立後に後遺症が発生したらどうするか、という問題ですが、この点についても、判例の煩向から、もう十分おわかりになったことと思います。示談成立後、一年くらいたって、急に死亡された例もありますが、もちろん、この場合は死亡に対する補償を請求できます。また、後遺症一〇級で示談成立させたところ、六ヵ月後にさらに悪化して六級になったというときは、その差額を追加請求できるわけです。保険金についても、もちろん、追加請求して、その差額分をもらえるのです。
 もし、事故発生時から三年も四年もたってしまっていると、時効(消滅時効)にかかってしまわないか、という疑問をもたれるかたもいるかもしれませんが、死亡に対する補償請求権は、死亡のときから三年(保険金請求は二年間)、六級の後遺症に対する補償請求は、六級という認定診断書の出た目から三年(保険は二年)は、消滅時効にかからないのです。その点はお間違いのないように願います。
 この理屈は、事故から五年、一〇年後に死亡されたときも、すべて死亡のときから三年とか二年とか計算するのです。しかし、問題は、事故から一〇年もたってから死亡された、というような場合は、いったい、この死亡の原因は交通事故であったのか、その他の原因があったのかという因果関係がわからなくなってしまう点にあるのです。交通事故が原因となって死亡した、という因果関係がはっきりしないかぎり、加害者に対して死亡についての損害賠償請求はできません。
 これは、結局、医者の診断書によってきまるのですが、事故から一〇年もたつと、医学的にみて、一〇年前の交通事故が原因であるかなどということは、まずまず、わからないことでしょう。ですから、事故から長期間たってしまうと、時効の問題ではなく、因果関係の点から損害賠償請求ができなくなることが多いのです。この因果関係については、いろいろ難問があります。
 たとえば、事故と死亡とが七〇パーセントは結びつくという場合には、損害賠償も七〇パーセントだけできるのか、という問題があります。因果関係が五〇パーセント以上あれば、損害賠償は一〇〇パーセントみとめ、因果関係が五〇パーセント以下なら損害賠償を全然みとめない、という考えかたもあるでしょう。他方、因果関係が六〇パーセントなら、損害賠償も六〇パーセント、因果関係が三〇パーセントなら、損害賠償も三〇パーセント、という理論もあるでしょう。これは、後の考え方がよいのではないかと思われます。

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