対物賠償責任保険の損害処理

 対物事故による法律上の損害賠償責任は通常、民法七〇九条以下の不法行為責任の規定によりますが、対物賠償責任保険は被保険者がそのような損害賠償責任を負った場合を支払いの対象としています。
 自賠責保険および「対人賠償責任保険の損害処理」のとおりですが、自前法三条の運行供用者責任だけは対物事故には適用されません。
 対物事故における損害賠償請求権者は、次のニつです。
 財物の滅失、破損、汚損などについての損害賠償請求権者は原則的には所有者ですが、所有権留保条項付割賦販売の買主は、実質上の所有者として修理費、休車補償などの損害について賠償請求ができると解釈されています。
 レンタカーや知人に借りた自動車の場合にも、所有者が賠償請求権者となりますが、使用権者が所有者に対して返還義務違反などによる債務を負担した場合には、所有者に代わって損害賠償請求ができます。

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 賠償義務者は事故と相当因果関係のある損害について賠償責任がありますが、対物事故における被害者の損害の種類を大別すると、事故による財物自体の滅失、破損、汚損などの直接損害と、それに付随して生じた間接損害とがあります。対物事故の場合、対人事故と異なって損害額の認定方法などについての判例も少なく、また対人事故に比し損害額が小さいため、あまり争われないまま被害者側の請求がそのまま認められていることが多いのが実情です。そこで判例を参考にして、対物事故の損害額の算定について説明します。
 被害自動車の修理が可能で、かつ修理費が自動車の時価を下回る場合には、修理費が損害額となります。修理費は一般的な修理方法により外観上・機能上、合理的に原状回復するための費用とされています。
 被害自動車が修理不能の場合または修理費が被害自動車の時価以上となる場合は、事故直前の時価または交換僣値からスクラップ代を控除した額が損害額となります。時価または交換価値の評価方法は、原則として車両保険の場合と同様です。
 代車費用は被害自動車の不稼働によって発生するであろう損害を、代替自動車の使用により未然に防ぐための費用であり、被害自動車が使えないためやむを得ず代替自動車を使用し費用を負担したこと、すなわち費用の支出が事故と相当因果関係があることを必要とします。代車には代替自動車を賃借する場合と、運賃を負担して運送を委託する場合とがありますが、いずれの場合でも支出した費用から被害自動車を運行しないことによって現実に支出を免れた費用を控除したものが損害となります。実務的には、代替自動車の必要性を十分検討のうえ、一日当たりの妥当な単価に日数を乗じて損害額を算定しますが、日数は通常の修理に必要な修理期間の範囲内で、現実に代替自動車を使用した日数に限られます。
 休車損害とは被害自動車の不稼働によって、得られたであろう利益額が損害となります。したがって、営業用自動車に限られますが、これも予備車の配置がある場合は損害が生じないとされるのが通常です。また、休車損害が認められる場合でも、休車によって喪失した営業収入から、その間に支出を免れた費用を控除した額が損害額となります。なお、白タクおよび白トラは、道路運送法に違反して不法に利益を受けているので、休車損害や代車損害を認める必要はないとする判例があり、実務上も同様に扱われています。
 一般に財物が損傷した場合、修理をしてもなお価値の低下があれば、その低下分、いわゆる格落損害を賠償しなければならないとするのが通説です。しかし、機能部品の集合体である自動車については、現在の発達した修理技術によって完全な原状回復が可能であり、観念的に価値が減少することはあり得ても、具体的客観的に価値が低下することはきわめて例外的です。また、製造後相当期間経過した自動車は損耗が著しく、価値の減少が事故によるものか使用によるものかの立証もきわめて困難です。したがって、実務上で格落損害が認められることは稀といえます。
 修理可能な場合は、原状回復に要する修繕費、修繕のための取り片付け費用などが損害となります。また、修理不能の場合などには被害者は新築費用の出費を余儀なくされますが、その新築費用から、旧建物について経過した年数の耐用年数に対する割合に相当する額を控除するのが妥当です。
 修理可能な場合には、手入れ費、修理費が損害となり、修理不能の場合で同種同程度の中古品があるときは、原則として中古品の価格が損害となります。同種同程度の中古品がない場合には、例外的に新品調達費用を損害として認めた判例もありますが、実務上は適当な減価償却によって時価を算定して損害額とするのが通例です。また、商品については仕入原価を基準にして損害額を算定します。
 事故による喪失利益額が損害額となりますが、帳簿、伝票、税関係書類などで事故当時の売上高や仕入高を確認し、かつ経費を控除して算定されます。これらの書類による認定が困難な場合には、業界の平均利潤率などを参考にして算出します。
 補償日数は休業日数と店舗修理に必要な日数のいずれか少ない日数となります。
 対物事故では慰謝料が認められないのが通例です。判例では血統書つきの愛犬につき二万円の慰謝料を、トラックに早朝飛び込まれて家屋が破損した場合に五万円の慰謝料を認めたものがありますが、これらはきわめて例外的と考えられています。
 過失相殺の基本的考え方については、「対人賠償責任保険の損害処理」で説明したとおりです。
 自動車相互間の事故で、当事者の一方に一〇〇%の過失がある場合は、他方の当事者の総損害が賠償の対象となります。双方に過失がある場合には、双方の総損害を双方の過失割合によって按分し(過失相殺)、それぞれに賠償し合う「交叉責任主義」方式が合理的とされています。判例でも、双方の過失に起因する同一交通事故によって生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても債権の相殺は許されないのが通例で、対物賠償責任保険においても同様に取り扱われています。
 なお、対物事故における紛争解決方法および損害賠償請求権の時効については、対人賠償責任保険の項で述べたとおりです。
 事故通知を受け付けた保険会社は「車両保険の損害処理」と同様に損官立会調査などを行い、被害者の損害額の確認を行います。また、損害賠償責任の有無や過失割合の判定が困難な場合には、事故の状況や事故原因の調査を行ったうえ、妥当な損害賠償額を算出します。なお、自家用自動車保険の場合には被保険者が相手方と行う示談交渉について、必要な範囲で協力または援助が行われますが、保険会社による示談交渉サービスは行われません。
 被保険者は損害賠償請求権者との間で示談などにより、法律上の損害賠償責任が確定したときに保険金の請求ができます。保険金請求に際しては、保険金請求書、交通事故証明書、修理費請求書、被害物件の損傷写真、示談書または免責証書などの書類を保険会社に提出します。保険会社はてん補責任を確定したうえ、支払保険金の算出を行い、被保険者または被保険者の支払い指図先(被害者、修理工場など)に保険金を支払います。

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