対人賠償責任保険の損害処理

 自動車の運行によって他人の生命または身体を害した場合の損害賠償責任は、民法ならびにその特別法である自賠責法によって規定されています。自賠法は運行供用者の責任を規定していますが、運行供用者以外の者の責任、運行によらない事故の場合などについては、民法の一般原則によって判断されることになります。運行供用者と運転者の損害賠償責任については、自賠責保険における損害処理のところで述べたとおりですが、その他にも民法の規定により対人事故について損害賠償の義務を負う立場の者があります。

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 責任無能力者が不法行為により第三者に加えた損害については、督義務者が損害賠償責任を負います。法定の監督義務者とは、未成年の親権者と後見人、禁治産者の後見人などです。未成年者に責任能力(その行為の責任を弁識する能力)があるのは十二歳ぐらいからとされていますが、その場合の監督義務者の責任についても判例では「未成年者に責任能力がある場合でも監督義務者の義務違反と当該未成年者による不法行為の結果との間に相当因果関係があるときは、監督義務者につき民法七〇九条に基づく不法行為が成立する」としています。また、小学校の教師、精神病院の医師など法定の監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、これと同様に責任を負います。
 加害運転者と使用・被用関係があり、かつ加害自動車の運行がその事業のためになされた場合には、その使用者は運転者とともに損害賠償責任を負います。これを一般に「使用者責任」といっています。
 使用者責任が発生するためには、第一に使用関係の存在が必要ですが、これは法律上の雇用関係がなくても事実上の指揮・監督関係があれば足り、パートやアルバイト学生なども含まれます。
 第二に、被用者の不法行為が事業のためになされたことが必要ですが、判例では使用者本来の業務およびそれらに付帯する業務に限らず、第三者からみて「客観的」に業務の範囲とみなされる場合には使用者責任が認められています。
 なお、被用者の選任および事業の監督につき過失がなかったこと、または相当の注意をしたにもかかわらず損害が生じたことを立証したときは、使用者の免責が認められます。
 使用者に代わって事業の監督をする者も、使用者と同じ責任を負います。判例では使用者が法人の場合、加害運転者を直接指揮監督していた者は、使用者に代わり現実に事業を監督する立場にあることが客観的に認められれば代理監督者として賠償責任を負うとされる半面、事故を起こした被用者との間に具体的な選任・監督関係がない者の責任は否定されています。
 共同不法行為とは、複数の人の行為によって他人に損害を与えることをいい、共同不法行為者は各自連帯して損害賠償責任を負います。交通事故の共同不法行為者は、各自が全損害の賠償責任を負うとされ、共同不法行為者間では負担割合により求償します。なお、共同不法行為者間の負担割合は過失割合によるとされ、過失の割合がはっきりしない場合は均等負担とされています。
 被害者本人や相続人、扶養請求権者、慰謝料請求権者などが賠償請求権者になりますが、詳細は自賠責保険における損害処理で述べたとおりです。
 損害賠償額の算定と過央相殺損害賠償額の算定については「自賠責保険の損害処理」のところで述べたとおりですが、ここでは過失相殺について説明することにします。
 自動車事故などの不法行為において、被害者に過失がある場合には、損害賠償額を定めるときにこれを斟酌することができるとされています。これを一般に「過失相殺」とよび、損害賠償額の算定において損害の公平な負担をはかるための規定です。過失相殺における被害者の過失は、道文法の注意義務違反だけでなく、一般的な不注意によって損害を発生、拡大させた場合も含みますが、被害者の過失が損害の発生、拡大と因果関係を有する場合に限られます。被害者が未成年の場合も、その過失は被害者に事理弁識能力すなわち損害の発生を避けるのに必要な注意をする能力があれば、本人の過失として、また事理弁識能力のない幼児の場合には監督義務者の過失として相殺の対象となります。
 過失相殺の割合は、被害者・加害者間の過失の割合によりますが、これは道文法に規定される優先権の有無および内容(抽象的事故回避義務)と、具体的危険の有無および内容(事故発生時の具体的状況における事故回避義務)を基準に判断されます。後者については、道路状況、天候、車種、幼児・老人などの要保護者であることなどの事実関係と、被害者、加害者の具体的行動が検討されます。
 損害賠償事故の紛争を解決する方法としては、示談が最も多く、示談で解決しない場合は調停や訴訟による解決がはかられています。
 賠償義務者が賠償請求権者に対し、損害賠償として一定金額の支払いを約束し、請求権者はその金額の支払いを受ければ今後賠償義務者に対しいっさい請求しない旨、当事者間で合意すること示談といいます。当事者間で合意ができると必ず示談書が作成されますが、示談書には当事者、事故の概要、損害賠償の費用と金額、支払方法、権利義務関係が示談書記載以外にないことを記載し、当事者双方が署名・捺印するのが通常です。
 調停とは、裁判所の関与のもとに民事上の紛争について、当事者が相互に譲歩することによって条理にかない実情に即した解決をはかることを目的とした制度です。調停が成立すると、調停調書が作成されますが、調停が不調に終わった場合は正式の裁判により解決をはかることになります。
 賠償義務者の主張する賠信順と被害者側の要求順とに著しい差異があり、示談や調停で解決できない場合、損害賠償責任の有無が争われている場合などは、訴訟による解決がはかられるときもあります。この場合も裁判の過程で、裁判所の勧告により和解(裁判上の和解)となるのが大半です。しかし、最終的に話合いのつかない場合は判決を求めることになります。
 事故通知を受け付けた保険会社は、被保険者に対して、円滑に示談解決するために被害者への見舞、葬儀への参列などを行い、誠意を尽くすように助言するとともに、被害者からの損害賠償請求や内払い請求があった場合は必ず保険会社へ連絡し、示談するときは保険会社と相談のうえ行うことなどについて打ち合わせをします。また保険金請求書、交通事故証明書、示談書などの必要書類の取り付けや書き方について相談に応じます。なお、保険によるてん補責任の有無に疑義ある場合には、事故の原因や状況などについて充分な調査を行って決定します。併せて今後の示談交渉に備えて、過失割合の調査や必要に応じて被害者の収入調査、病状調査を行うこともあります。
 保険会社への事故通知後、被保険者は早期に被害者側と面談して治旅費の支払方法、看護費や雑費の領収証の取り付け、休業損害証明書などの準備などについて打ち合わせを行い、かつ必要に応じこれらの費用の内払いを行う旨、申出をするのが通常です。
 なお、自家用自動車保険で保険会社が示談交渉サービスを行う場合は、保険会社は被保険者と同行して被害者側と面談し、前述の打ち合わせおよび申出を行うほか、保険会社が窓口となって示談交渉することについて被害者側の了解を得ることになっています。また、治療が長期にわたる場合は、途中で治療の経過、治癒の見込みおよび就業の状態などを照会し、内払金の支払いや事故解決の促進について打ち合わせを行います。
 自家用自動車保険の場合には、被保険者の同意を得て、被保険者が被害者から受けた損害賠償の請求に対して、被保険者に代わって被害者と直接に示談交渉を行い、事故の解決をすることができることになっています。また、保険会社が損害賠償額の請求を受けたときも同様です。この示談交渉は保険会社自らまたは保険会社が委嘱した弁護士によって行われますが、必要に応じて被保険者の同行、同席などの協力を求めることになっています。また、保険会社の示談交渉サービスに必要な交通費、通信費などの費用および被保険者のこれに対する協力に要した同様の費用は、すべて保険会社が負担する定めになっています。なお、保険会社による示談交渉サービスは、「被保険者に対しててん補責任を負う限度」において行われますので、無責事故、免責事故、自賠内事故、保険金額をこえる事故については、示談交渉サービスは行われません。
 一方、一般自動車保険の対人賠償事故については、保険会社による示談交渉サービスはありませんが、被保険者は保険会社との打ち合わせにより、示談の方法や示談額についての助言、承認を得たうえ、自ら示談交渉を行うことになっています。
 被害者側との示談交渉が合意に達せず被害者側が訴を提起した場合には、被保険者は直ちに保険会社に通知することになっていますが、弁護士の選任、今後の処理方針について十分な打ち合わせが必要です。
 なお、訴訟費用や弁護士報酬などの争訟費用や判決による遅延損害金については、自家用自動車保険の場合は保険金額の枠外で全額保険会社の負担となり、一般自動車保険の場合は原則として全額保険会社が負担しますが、損害賠償額(自賠責保険金を控除します)が保険金額を超過するときは損害賠償額に対する保険金額の割合で支払われます。
 被保険者は示談や判決などにより、損害賠償請求権者との間で法律上の損害賠償額が確定したときに保険金の請求ができます。保険金請求に際しては、保険金請求書、交通事故証明書、事故発生状況報告書、診断書、診療報酬明細書、休業損害証明書などの他に示談書、示談金領収証などの書類を保険会社払提出します。保険会社は判例の内容、判決で示された損害賠償額の認定基準、過失相殺の基準などを参考にして適正、妥当な損害額を算定します。そのうえで約款の規定に従って、保険金の額を算出し支払いを行います。
 自家用自動車保険では、被害者の保険会社に対する直接請求権を認めていますが、請求の際に提出する書類は被保険者の保険金請求の場合とほぼ同じです。被害者からの直接請求を受けた保険会社は、被保険者と被害者との間で示談、判決、裁判上の和解または調停により損害賠償額が確定したとき、被害者が保険会社から損害賠償額の支払いを受けた後はその余の損害賠償請求権を行使しない旨、被保険者宛の書面で承諾したとき(免責証書の提出)、損害賠償額(被保険者が損害賠償すべき金額から自賠責保険などで支払われる額および被保険者がすでに支払った損害賠償額を控除したもの)が保険金額をこえることが明らかになったとき、被保険者またはその相続人の破産または生死不明のときおよび被保険者が死亡し相続人がいないときに、損害賠償請求権者に対し保険金の場合と同じ基準によって算定した損害賠償額を支払います。
 なお、一般自動車保険においても、制限的ですが保険会社に対する損害賠償額の直接請求が可能です。
 保険金と損害賠微服の請求は、原則として損害賠償額が確定したときとされていますが、治療が長期にわたったり示談がなかなか成立しないときには、治療費、看護費、休業損害などの内払金の請求ができます。内払金の請求ができるのは、被保険者および自家用自動車保険の場合の被害者に限られますが、請求方法は一般の請求の場合と同様です。内払金の請求を受けた保険会社は、損害賠償服の範囲内で一〇万円単位で支払います。
 対人事故の保険金は、かつては自賠責保険金の支払いを受けた後、対人賠償責任保険金を請求するのが一般的でしたが、請求手続きが二度になる不便を解消し、賠償金の早期支払いを促進するため、現在では自賠責保険金と対人賠償責任保険金を一括して対人賠償責任保険の保険会社に請求する方法が一般化しています。すなわち、自賠責保険と対人賠償責任保険を付保している保険会社が異なる場合でも、この制度が適用されます。自賠責保険金と対人賠償責任保険金の一括請求を受け付けた保険会社は、自賠責保険金を含めて対人賠償責任保険金を支払い、後日、自賠責保険の保険会社に対して自賠責保険金を代わって請求します。
 被保険者の保険金請求権は、請求権が発生したとき、すなわち判決、裁判上の和解、調停または示談によって被保険者の負担する損害賠償責任の額が確定したときから二年を経過すると、法律の規定により時効によって消滅します。一方、損害賠償請求権者の損害賠償額の請求権は約款により、前述の保険金請求権発生のときから二年を経過したとき、または被害者の被保険者に対する損害賠償請求権が時効により消滅したときに、時効によって消滅する定めとなっています。

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