対人賠償責任保険の基本的仕組み

 対人賠償責任保険は被保険自動車の所有、使用、管理に起因して、他人の生命または身体を害することにより、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって彼る損害をてん補する保険です。すなわち、被保険自動車の所有、使用、管理に起因して他人の生命または身体を害すること(対人事故)。
 これに基づいて、被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって損害を披るこの二つの条件が充足された場合に、保険会社から保険金が支払われることになります。
  被保険自動車とは、保険証券に記載された登録番号、車台番号などにより特定され、保険の対象となる自動車ですが、対人事故によって損害賠償責任を負担するのは運転中の事故に限らず、自動車の所有者であること、または自動車管理上の過失があることを理由として責任を問われることもあります。約款の「所有、使用、管理」は自賠法の「運行」よりもやや広い概念で、自給法の運行に当たらず、したがって自賠法三条の責任は発生しないが、民法上の不法行為責任のみを問われた場合のような場合も、てん補の対象となります。たとえば、キーを入れたまま駐車した車が盗まれて人身事故が起きた場合に、自動車所有者について自給法の運行供用者責任はないが、管理上の過失による不法行為責任を認めた判例のような場合です。
 次に、「他人」とは被保険者からみて、自分以外のすべての者を指すと解釈されています。また「生命または身体を害する」とは、人に傷害を与えた場合、および傷害の結果死亡させた場合をいい、単に騒音などによって他人の精神や神経を害した場合などは含まれず、仮にそれによって被保険者が賠償責任を負っても、この保険の対象とはなりません。
 また、自賠責保険では保有者の自賠法三条による責任、および運転者の民法七〇九条による責任に限られていますが、対人賠償責任保険における「法律上の損害賠償責任」は、自賠法三条(運行供用者責任)、民法七〇九条(不法行為責任)によるものをはじめ、同七一五条(使用者責任)、同七一九条(共同不法行為者の責任)など、自動車の所有、使用、管理に起因して他人を死傷させたことによって負担する民事上の損害賠償責任のすべてを含むことになります。また「賠償責任を負担することによって被る損害」とは、被保険者が損害賠償金を支払うことによる損害をいいます。

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 自動車は所有者本人のみならず、家族や友人などによって使用されることもあり、したがって事故を起こし損害賠償責任を負担するのも所有者本人に限りません。このような実態に対応して、対人賠償責任保険では保険の保護を受ける被保険者の範囲を、保険証券記載の被保険者(記名被保険者)にとどめず、関係のある一定範囲の者に拡大しています。この範囲にある者を被保険者群と称することがありますが、約款では次の四つに区分されています。
 記名被保険者、保険証券の被保険者欄に記載され、被保険者群の中核として、この保険による保護の主たる対象です。したがって、記名被保険者は通常、被保険自動車の所有者、割賦販売の買主、リース車の借主など、被保険自動車を自由に支配し使用する者(一名に限られます)とされます。
 記名被保険者の同居の親族、同居の親族は記名被保険者と身分的、経済的に一体性が強く、被保険自動車を使用する機会も多いので、これらの者が被保険自動車を使用、管理している間は、使用、管理につき記名被保険者の承諾の有無を問わず、被保険者とされています。なお、「同居」とは同一家屋に居住していればよく、同一生計や扶養関係を必要としません(出稼ぎなど一時的別居は同居とみなされます)。また、「親族」とは民法七二五条の規定に従い配偶者(内縁を含む)、六親等以内の血族および三親等以内の姻族をいいます。
 記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用または管理中の者、記名被保険者の承諾を得て車を借りている友人、使用者の承諾を得てその自動車を運転している従業員などが例であり、通常「許諾被保険者」と称されます。この承諾は被保険自動車の使用、管理についての承諾であり、保険の利用についての承諾は不要です。
 一方、自動車修理業、駐車場業、陸送業などもっぱら自動車の取り扱いを業務とする者が、業務上受託した被保険自動車を使用、管理中の場合は、記名被保険者の承諾はありますが、独自に危険負担をすべきであるとの観点から、許諾被保険者から除かれています。
 記名被保険者の使用者、従業員が私有自動車を勤務先の会社などの業務に使用することがありますが、この保険では使用者の業務に使用中に限り、その使用者(会社など)を被保険者として保険保護を与えています。これは使用者の業務に使用中であれば、私有車の事故でも社有車による事故と同様、使用者に運行供用者責任、あるいは民法七一五条の使用者責任が課せられることが多いという実態に備えたものです。
 このように対人賠償責任保険では、被保険者の範囲がかなり拡大され、同一事故について被保険者が複数となることがあります。この場合、被保険利益は個々の被保険者につき、その態様に応じて独立に存在するとみてよいので、各被保険者ごとに約款の規定を適用することとなっています。たとえば、記名被保険者から車を借りた友人が事故を起こした場合は、その友人が許諾被保険者となるため、二人の被保険者が存在することになります。この場合、記名被保険者の賠償責任の有無、免責条項に該当するか否か、賠償責任を負担することによる損害の額などは、許諾被保険者である友人の責任などを考慮せずに約款の規定を適用して判断することになります。その逆もまた同様です。したがって、一方には保険金が支払われ、他方にはいっさい支払われないということもあります。
 なお、約款の規定を個別に適用するといっても、支払保険金の限度額はあくまでも被害者一名ごとのものであり、複数の被保険者がいても、支払保険金の総額はその限度額の範囲にとどまります。
 対人賠償責任保険と自賠責保険は、ともに対人事故により法律上の損害賠償責任を負担したことによる損害をてん補する保険ですが、その相互関係は対人賠償責任保険は自賠責保険の上積み保険あるいは上乗せ保険である、という言葉でいい表されています。いわば一つの損害に対して、二つの保険が作用する二重構造となっています。
 対人賠償責任保険は、被保険者が対人事故により法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害が、自賠責保険によって支払われる金額を超過する場合に限って、その超過額のみを支払う保険です。すなわち、被保険者が被害者に支払った適正な賠償金の順から、自賠責保険によって支払われる金額を控除した残額が、対人賠償責任保険の保険金の順になります。なお、自賠責保険によって支払われる金額とは、自賠責保険の保険金額(限度額)ではなく、保険金額の範囲内で現実に支払われる金額です。
 また被保険自動車に自賠責保険が付保されていない場合には、自賠責保険が付保されていたならば支払われるであろう金額の超過順が支払われます。自賠責保険の付いていない無保険車による被害者は、政府による保障事業に対して損害のてん補を請求できますが、そのてん補内容は自賠責保険と比較して過失相殺の適用方法が異なり、また他の法令による給付の控除が行われるため、自賠責保険によって支払われるであろう金額を下回ることもあります。しかし、対人賠償責任保険では保険料が自賠責保険の上積み保険として算定されているため、あくまでも自賠責保険によって支払われるであろう金額の超過順についてのみ支払うこととして、自賠責保険付保車との均衡をはかっています。
 なお、対人賠償責任保険でいう「所有、使用、管理」に該当しても、自賠法の「運行」に該当しない場合は、自賠責保険が付保されていても保険金は支払われないので、損害の全額が対人賠償責任保険で支払われます。
 保険金が支払われない場合、対人賠償責任保険では、たとえ記名被保険者などが損害を被ってもてん補されない場合があり、免責事由として約款に定められています。
 第一に、次の免責事由による損害はてん捕されません。
 故意によって生じた損害、保険契約者、記名被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意による損害は、いかなる場合でもてん補されません。一方、許諾被保険者(たとえば使用人)などの故意による場合は、その被保険者が賠償責任を負担することによる損害はてん補されませんが、その事故で他の被保険者(たとえば使用者である記名被保険者)が賠償責任を負担したことによる損害はてん補されます。これは善意の被保険者を保護するとともに、被害者救済をはかることを目的としています。
 戦争、暴動などによる損害、地震、台風など天災危険による損害、原子力による損害。
 これはいずれも異常危険としててん補の対象から除外されていますが、これらの事由による損害は混乱状態の下に発生することが多いと思われ、したがって発生した損害がこれらの事由と相当因果関係にあるか否かを、保険会社が立証するのは事実上不可能です。そこで相当因果関係の存在が推定される随伴事故や、秩序混乱に基づく事故についても、てん補の対象としないことになっています。
 被保険者が第三者との間であらかじめ賠償額を約定するなどの特約をしている場合は、特約による加重部分はてん補されず、特約がなくても負担したであろう額のみがてん補の対象となります。
 第二に、次の者が被害者となった場合の被保険者の損害もてん補されません。
 記名被保険者、記名被保険者が被害者となったときは、いかなる場合もてん補の対象とりません。
 被保険自動車を運転中の者、運転者は加害者として、賠償責任を負担する立場にあり、運転者が被害者となっても、被保険自動車の対人賠償責任保険の対象とはなりません。
 被保険自動車を運転中の者の父母、配偶者、子、親族間の事故の場合は損害賠償の請求被保険者の父母、配偶者、子、この場合でも、同一事故につき複数の被保険者が存在するときは個別適用条項により、他の披保険者の賠償責任については、てん補の対象とされます。
 被保険者の業務に従事中の使用人、この場合の使用人に対する損害賠償による使用者の損害は労災保険の分野となります。
 被保険者の使用者の業務に従事中の他の使用人、いわゆる同僚災害の場合ですが、業務中の使用人間の事故についての加害使用人(運転者)の賠償責任は、労災保険に委ねられ、この保険の対象となりません。しかし、自家用自動車保険の場合は、個人である記名被保険者がその私有車を使用者の業務に使用中に限り、特約によりてん補の対象とされます。
 対人事故が発生した場合には、保険契約者または被保険者は損害の防止軽減につとめることが約款上義務づけられており、保険を付けていない場合でも、つとめるであろうと同じ程度の努力が必要と解釈されています。なお、この義務に違反した場合は、防止軽減できたと認められる損害の額を差し引いて、保険金が支払われます。
 また保険会社に対して直ちに書面により、所要事項を通知することが義務づけられ、保険契約者または被保険者が過失なく事故の発生を知らなかったとき、またはやむを得ない事由があったときを除き、六〇日以内の通知を怠ると、損害がてん補されないこととなっています。
 対人賠償責任保険で特に六〇日と期限を定めているのは、対人事故においては被害者の治療が長引いたり、示談交渉などに長期間を要することから事故通知が遅れる恐れがありますが、著しく遅延することにより事故処理が難航して解決が遅れたり、保険会社の適正な期間損益計算が妨げられるのを防ぐ目的です。保険の健全な運営を維持するためには、保険会社が早期に事故発生を把握する必要があり、期間を明記して保険契約者、被保険者の注意を喚起したものです。したがって、事故通知が六〇日をこえた場合でも、個別の事情を十分斟酌する運用がなされています。
 その他、対人事故が発生した場合には、損害賠償の請求を受けたときは、保険会社の事前の承認なしに示談するいわゆる無断示談はしない。損害賠償の請求について訴訟を提起しまたは提起されたときは、遅滞なく保険会社に通知すること。なども保険契約者または被保険者の義務とされており、これに違反した場合は保険金が支払われなかったり、減額されることになっています。
 一般自動車保険では、被害者側との示談交渉は保険会社が事前に承認した範囲で被保険者自らの責任で行うことになっていますが、自家用自動車保険の場合には、示談交渉などについては保険会社による協力または援助がなされることになっています。
 その「協力または援助」とは、被保険者が行う示談交渉の進め方、示談の内容などについての助言・指導。示談書の作成方法、保険金請求手続きについての助言・指導。保険会社が必要と判断したときには示談交渉の場に同行、同席し交渉を円満にまとめる努力。調停、訴訟になったときは被保険者またはその代理人(弁護士)の進める手続きについてのの助言・指導などが具体的な内容です。
 この保険会社による協力・援助は「被保険者の負担する損害賠償責任の内容を確定するため」、すなわち法律上の損害賠償責任の有無およびその額を確定するために行われます。また、協力・援助は保険会社が「てん補責任を負う限度において」、すなわち当該事故について保険金支払いの義務を負い、かつその支払額が保険金額の範囲内である場合に行われ、被保険者に責任がない場合(無責事故)、責任はあるが保険の免責事由に該当する場合(免責事故)などのケースについては行われません。
 一方、損害賠償の額が自賠責保険の支払額の範囲内の場合(自賠内事故)、損害賠償の額から自賠責保険による支払額を差し引いた額が保険金額をこえる場合(保険金額をこえる事故)などのケースは、約款上は協力・援助はできませんが、そのような状態になるかどうかを事前に予測することは不可能なことが多く、実務上はこれらのケースについても協力・援助が行われることになります。

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