事故を起こした運転手が無資力のときの損害賠償の請求
交通事故は、毎年激増の一途をたどっておりますが、事故を直接、惹き起こした運転手自身には、ほとんど資力がないという例は、枚挙にいとまがありません。むしろ、運転手に資力がない場合が大部分であると言っても過言ではないでしょう。その場合に、無資力の運転手以外の者は、損害補償の責任を負わないということでは、被害者はまったく救われません。そこで、被害者救済のために、一定の要件の下に、運転手の雇い主とか、自動車の持主などにも、損害補償の義務が負わされているわ
けです。
ところで、雇い主(使用者)や自動車の所有者などは、ただ単に加害運転者の使用者だということや、事故を起こした車の所有者だというだけで損害賠償の責任を負うわけではありません。損害賠償の責任を負うためには、一定の条件が必要なわけです。これから、その条件が何かについて、考えてみましょう。
使用者責任とは、民法七一五条が定めているとおり、被用者の不法行為について使用者が被害者に対して直接負わされる損害賠償義務のことを言います。使用者が、この義務を負うのは「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行につき第三者に加えたる損害を賠償する責に
任ず」との規定からもわかるように、雇人が事業の執行にさいして他人に損害を加えた場合です。
これまで、使用者側の多くは「会社の目的は、法律を守りながら一定の事業を行なって収益をあげることにある。うちの会社は、無法会社ではないから、法律に違反するような従業員の行為は会社の事業の執行とはまったく関係がない。従って、会社には損害賠償の義務はない」と主張してきました。たしかに、信号無視やスピード違反をすることが、事業の内容になっているような会社などは少なくとも表向きにはありえないことです。しかし、違法な行為には会社が責任を負わないということでは、何のために使用者責任の制度を作ったのかまったくわからなくなってしまいます。
そこで「事業の執行につき」というのは、裁判所の判例でも、大変、広く解釈されています。たとえば、昭和四三年一二月二五日の札幌地裁の判決では「被用者が、現に担当する業務を適正に執行する場合のほか、たとえ被用者が執務上守るべき内容的規則、命令責任に違反し、あるいは全く私的目的のためにした行為であっても、それが客観的にみて使用者の事業の態様、規模からして、被用者の職務行為と何らかの牽連性を有する場合には、事業の執行の範囲内である」とされています。このように現在の裁判所の判断によれば、従業員の行為の大部分は「事業の執行につき」と考えられ、使用者の責任が否定されることはほとんどないと言えるでしょう。
使用者責任は、事故を起こして他人に損害を与えた当時において、使用者、従業員という関係があれば負わなければならないものです。ですから、事故後、従業員が依願退職をしたり、あるいは会社が事故を理由に懲戒解雇したとしても、使用者は損害賠償責任を免れることはできません。
自動車損害賠償保除法第三条は「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる」と定めています。この自賠法第三条によって定められた損害賠償責任のことを、運行供用者責任と呼んでいます。
そこで、何が「自己のための運行」なのかという複雑な問題が生じてきます。裁判所の判例や学説では、その運行による利益(運行利益)を得るのかどうか、その運行に対して支配(運行支配)をおよぼしているかどうか、をめどにして判断しています。そして、運行利益は、むしろ運行支配の有無をはかるための一つの基準であると考えられています。結局、運行供用者責任があるかどうかについては、自動車所有者と運転者との間に雇用関係など密接な関係があるかどうか、日常の自動車の運転状況と管理状況はどうであったか、等により、客観的外形的に決められることになります。
たとえば、車を盗んだ犯人が車を運転して事故を起こした場合には、普通は車の所有者は責任を負いませんが、車の管理に手落ちがあったために車を盗まれたような場合には、管理義務違反として運行供用者責任を負わされます。従業員が会社の車を運転して事故を起こした場合には、それが仕事中のときはもちろん、会社に無断で私用のために運転して事故を起こした場合でも、雇用関係という密接な関係があるので、会社が運行供用者として責任を負うとされています。このように、運行供用者責任というものも大変広く解釈されております。
交通事故による損害については、社会的経験的にみて、交通事故によって通常生ずると考えられる全損害を補償請求することができます。たとえば、負傷事故の場合には、入院費、治療費、付添看護婦、通院費用、入院諸雑費など、現実に支出しなければならない損害と、休業補償、精神的苦痛に対する慰謝料を請求することができます。また、後遺症が残った場合には、後遺症による労働能力低下に伴う収入減少分の損害と精神的苦痛に対する慰謝料とを、追加して請求することになります。
法律的にまったく問題がなくとも、加害者側の会社(使用者)がまったく不誠意で、生活費はもとより、治療費にも事欠くに至るということが少なくありません。このような場合は、強制保険八〇万円が残っているときは、損害が二〇万円に達するごとに二〇万円単位で保険金の内払い請求をすることができます。また、強制保険を全額使ってしまった場合には、事故が被害者の業務上の災害といえるときには労災保険の請求を、業務外の災害のときには健康保険の請求を、それぞれ行なうことができます。
この労災保険、健康保険のいずれも適用されない場合等、治療費、生活費に欠ける場合には、損害の仮払いを求める仮処分申請を裁判所に対して申し立てることも有効な手段といえるでしょう。
前述のように、使用者責任の場合には「事業の執行につき」生じた事故であるかどうか、運行供用者責任の場合には「運行支配」があるかどうか、いろいろと難かしい問題がありますから、事故発生後すぐに、使用者や車の保有者に会って事情をたしかめるなど、可能な限りの調査をしておく必要があります。
しかし、法律上の責任の有無は別としても、道義的には、使用者や車の保有者としても、ある程度の責任を自認せざるを得ないようなケースが、けっして少なくありません。ですから、あまりむずかしく考えるのでなく、加害者の使用者や車の保有者に損害賠償を請求して交渉するようにしましょう。その交渉経過をみて、調停とか訴訟とかの手段をとるべきか、それとも相手方の最終的な提示額を基礎に話合いで解決した方がよいかを、専門家と相談してきめるようにすべきです。
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