道路・河川などの欠陥による事故の損害賠償の請求

私の家の近くには川が流れていて、まわりが土手のようになっているものですから、子どもたちがいつも集まって遊んでいます。ところがこの川にはおおいもついてないので、子どもたちが竹の棒で水の中をつついたり、水の近くまで手をのばして紙きれを流していたりで、もし誤って水の中にでも落ちたら大変だ、といつもヒヤヒヤしています。このような所でもし事故が起こった場合には、誰の責任になるのでしょうか。

 このような危険な場所は、子どもたちのまわりに沢山あり、新聞でも、何回となく、幼児のいたましい事故が報じられています。私たちは、こうした事故の中でも、国や地方自治体が管理責任を負っている道路、河川などの欠陥により発生したものについては、国や地方自治体の責任を特に強く追及する必要があると思います。
 昭和四三年一一月七日、東京北区で、五歳の幼児が公共溝渠におちて死亡した事故がありました。その両親が北区を相手に損害賠償の訴訟を起こしたのが、テレビや新問にもとりあげられた「どぶ板裁判」です。
 この事件のあった公共溝渠つまり排水のための溝は、二・八メートルの深さがありましたが、北区は、この溝の上に約八〇センチメートルの間隔に幅一五センチメートルの梁をかけ、溝渠の両側に木棺をうちこんで、二股か三股の有刺鉄線をはっていただけでした。有刺鉄線はさびやすいものですし、ところどころきれていて、どこからでも溝渠の中に入れる状態になっていました。一方、この地域は小さな民間アパートが密集し、付近には適当な遊び楊もないので、子どもたちはこの溝渠のそばを遊び楊にしていたのです。
 そのためこの裁判にまでなった事故の前にも、幼児の転落事故が昭和三一年以来一一件もあり、そのうち三名が死亡していましたので、住民は、北区に対して、この溝渠を暗渠にしてほしいと陳情をくりかえしていました。しかし、区は、前述のように有刺鉄線をはっただけで、何の措置もとっていませんでした。しかも、有刺鉄線をはった後でも事故が起こっていて、区としても、この防止措置だけでは危険はなくならないことは充分承知していたのです。前記の事故はこうした状況の中で起こったので、この子どもさんの両親は、単に自分だけの悲しみに終わらせず、このような不幸な事故をくりかえさせないために、ということで裁判にふみきったのでした。
 東京地裁は、原告側の主張を全面的にいれ、区が、有刺鉄線にかえて金網をはるなどより適切な防御策をとるべきであったのに、これを怠っていたこと、付近住民から暗渠にしてほしいという陳情があったのに、この陳情に応じた適切な処置をしなかったことを根拠に、区側の管理に瑕疵があったとして、損害賠償を命ずる判決をくだしました。
 この判決で注目されるのは、区側が、両親には幼児を監督して、危険な場所に行かせない義務があり、本件事故は両親の過失によるものであると主張したのに対して、裁判所は、付近に適当な遊び場のない環境のもとで、遊び盛りの子どもを絶対に公共溝渠に近寄らせないようにすることは、両親に不可能をしいるものであるとして、区の主張をしりぞけている点です。

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このほかにも、市営住宅の下水道の建設現場につくられた排水池に二歳の子どもが転落して死亡した事故について、この排水池には高さ七〇センチメートルの木棺をたてて柵をつくっていただけで、幼児が楽に出入りできる状況であり、しかも、付近は学令前の小さな子どもが多く居住するところであって、このような点を充分考慮せずにそのままにしておくといった、市のとった事故防止方法はズサンである、として市に責任があるとした判例があります。
 また、市立の小学校で、五年生の児童が三階の階段の手すりにとびのろうとしたところ、その場所がふきぬけになっていたため、バランスを失った拍子にこのふきぬけにでてしまい、一階のコンクリート床に転落して死亡したという事故がありましたが、両親は、市を相手に訴訟を起こしてその責任を追及しました。学校側は、この手すりにのったり、スペリおりたりすることはしないように、常に生徒に注意をしていた、と主張しましたが、手スリに手をかけたり馬のりになってすべりおりたりするのは子どもたちの習性であり、これは予想して防護網をつけるなどの措置をしなかったのは学校という施設の管理として不充分だ、として、市に責任のあることが認められました。
 このように、公共の施設によって生じた事故については、だんだんその管理者の責任を重くみる傾向にあると言えます。
 道路、河川など公共施設の欠陥により生じた事故について、その所有者、管理者としての国、地方自治体の責任を追及する法律的根拠はどうなるでしょうか。
 民法第七一七条では、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があり、他人に損害を与えた場合には、その工作物の占有者、所有者は、損害の賠償をしなければならない、と定められています。また、国家賠償法第二条は、「道路、河川、その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があったために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」と規定しています。
 「公の営造物」とは、公の目的に用いられる有体物のことを言い、「土地の工作物」に限られず動産も含むと解されていますので、民法第七一七条よりも国家賠償法第二条の方が適用範囲が広いことになります。しかし、国または公共団体の所有物であっても公の目的に用いられない物については、国家賠償法の適用はありませんから、民法の適用が問題となるだけです。
 民法第七一七条にいう「工作物」には、建物、ガスタンク、給水塔のような建造物はもちろん、道路、橋、堤防、溜池、貯水池、水道設備、石塀、電柱などが含まれると解されます。「工作物」とか「営造物」というと一定の施設のように解されますが、下水道工事現場に置いてあったコンクリート製の継目管がころがって倒れ、子どもが下敷になった事故について、「継目管自体は、まだ施設ではないが、埋没という作業によって、公共物である下水道を構成するものだから、まだ使われなくても公の営造物といえる」と判断した判例もあります。
 次にその工作物の「設置・管理に瑕疵」がなければなりません。瑕疵というのは、その物が本来備えているべき性質や設備を欠いていることです。しかも、それは客観的に判断されなければなりません。こういう意味からは、所有者のこの責任は、無過失責任であると言えます。もちろん、その事故の発生が予想できない強風や豪雨などの不可抗力によって生じた場合には、責任をまぬがれますが、それでも管理や設備の欠陥がこれらの天災と合して原因になったという場合には、やはりその責任を負わなければなりません。
 公共施設の管理責任者が、管理上必要な注意を怠ったために事故が発生した場合には、刑法上の業務上過失致死傷罪が成立し、当該管理責任者は五年以下の懲役もしくは禁鋼、または五万円以下の罰金に処せられることになります。
 たとえば、道路法は、「道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つように維持し、修繕し、もって一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない」と定めています。ここにいう道路管理者とは、国道については国土交通大臣(指定区閣外は都道府県知事または指定市の長)、地方道については当該地方自治体(もちろん最終責任は首長にある)を指しますが、実際には、関係部局の担当責任者が管理責任者の権限を代行しています。こういう場合、管理上のミスで事故が起こったときには、事案の内容によっては、直接の担当責任者だけでなく道路管理者自身に対しても、告訴、告発などの方法で刑事責任を追及することを考えてよいでしょう。
 以上のとおり、事故によって被害をうけた人たちが、地方自治体を相手に損害賠償を請求するケースが多くなり、それにともなって地方自治体の責任の範囲も拡げられ、被害の救済の方向にむかってきていることは事実です。しかしながら、私たちは、事故後の救済で満足するのではなく、国民がそうした悲しい立場にたつものがなくなるように、事故発生の危険を排除してよりよい生活環境をつくっていくことにより、未然に事故の発生を防いでいかなければなりません。子どもたちのための遊び場を要求し、危険なところには適切な事故防止の方法を迅速にとらせるよう、地方自治体に要求していくことが何よりも大切です。
 先に紹介した東京都北区の溝渠は、その後、暗渠につくりかえられました。尊い子どもの生命とひきかえでなければ住民の要求を認めないという自治体ではなく、住民の立場にたってその生命健康を守る処置をとることができる自治体になるよう、強い運動を起こしていきましょう。

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